2009年11月 1日 (日)

大津ジャズフェスティバルと角煮スペシャル

10/31晴天の午後、めずらしくJR上り線に乗って大津へ行った。
今年から始まった「大津ジャズフェスティバル」を観戦するためである。

大津といえば、高校時代をすごした街なので、懐かしい気分でちょっとした里帰り。
すぐ隣の街なのだが、山二つ越えなければならないし、まずもって用事がないので、浜大津(大津の中心街)に出向くのは、ほんとに久しぶり。
JR大津駅から歩いて浜大津に向かう。
しばらく来ない間に、道路がきれいになっていたり、ビルが建っていたりで、様変わりしていた。
しかし、県庁所在地にあるまじき鄙びた感じは健在。
もと市民としてはほっとした。

Pa310002_2

さて、まずはスカイプラザなる公共施設のスタジオ1に向かう。
ここで、Djamraのステージが行われる。
いつもアングラなライブハウスでの演奏ばかり見ているので、こういう明るい雰囲気ではどうなんかな、と思っていたが、いつもと同じく爆走する演奏と軽妙なMCで、安心して聴けた。
まぁ、いらぬ心配だったってことか。
普通にジャズを聴こうと思ったお客さんには刺激が強すぎたかもしれないが、確実にファンを増やしたに違いない。

Pa310003

Pa310005_2 そそくさと次の会場に向かう。
勤労福祉センターの音楽室・・・。
う~む、なかなか微妙なシチュエイションだなぁ。
ここで、海賊放送91.5ことニコライ丸濱氏のライブだ(ほんっと久しぶり)。
心霊現象、死後の世界をテーマにした3部作・・・う~ん、ファンにはたまらん演目。
ミニムーグのアナログ感溢れる演奏と、ブロンド長髪のいでたちが、どうしてもリック・ウェイクマンを思わせる。
こういう怪しげなパフォーマンスが、白昼堂々と繰り広げられるのも、この種のイベントならでは?
この音楽室、実は土足禁止なのだが、ついうっかり靴履きのまま入ってしまい、最後までそのまま。
どうも気になってしかたなかった(小心者)。

Pa310009

ここもそそくさと撤収し、次の会場へ。
再びスタジオ1。ここでは、先日ネガポジでご一緒させていただいたJ-Funk All Stars。
ファンクなので、明るいステージでも違和感なく、躍動感溢れる演奏が聴けた。
フルメンバーではなかったようで、その点残念だったが、MC、曲中のあおり、さすがは雪之介氏、おおいに盛り上げてくれた。
途中、客席からテンションの上がりきったオジサンが舞台前で踊り狂っていた。
すばらしい。
演奏後、スタッフの人(たぶん学生ボランティア)が「ジェイフランクオールスターズの演奏でした」と紹介していたのも、ご愛嬌(かぁ?)。

会場を出ると、もう午後4時。そろそろ夕方という時節柄、後の予定もあり、大津を後にした。
帰りは京阪電車で山科まで行って途中下車。
実は山科も失業者時代にしばらく過ごした懐かしい街。

Pa310011
約20年ぶりに駅前の珉珉で遅い昼食。
当時から山科の駅前はずいぶん様変わりしており(地下鉄の駅ができたりしたしね)、ポストモダンっぽい街並みが特徴だが、この珉珉のまわりだけは当時のまま。
当時から小汚い店だったが(失礼)、20年たってもそのまま。
しかし、外見を大きく裏切るその味は変わらず(と思う)。
これこそ、大衆中華料理店の王道。

その後、一旦帰宅し、某スタジオに出向き打ち合わせ。
帰途に、スタジオ近くの天下一品にで「角煮スペシャル」なる新メニューを食す。
う~む、天一と豚角煮とのコラボは微妙な結果だ。

Ts3g0125

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2009年10月27日 (火)

凛音~第二幕

さる25日、標記イベントを観戦してきた。
今年から(かな?)六合が主催しておこなっているライブイベントである。
前回もそうだったが、ラウド&へヴィー系の新進気鋭バンドの音がまとめて聞けるので、結構楽しみにしている。
しかし、今回はちょっと出遅れたため、残念ながら最初のバンドは見逃した。

mojo到着したときにはcurbなるバンドの演奏中。
久しぶりにきちんとした佇まいのメタルバンドを見た。声はデス声で、さらによし。
フロアから見ていると、外国の人かと思ったが、終演後ロビーで見かけたメンバーは、日本の人だった。
楽曲、メイク、衣装、ステージアクション、どれも統一されたイメージで、目指す世界観が垣間見える。
正統派って感じ。

次はMinstrelix。
Minstr~といえば、Minstrel in the gallary、ジェスロ・タルの名曲「天井桟敷の吟遊詩人」が想い起こされるが、このバンドもそういうヨーロピアンで中世的な雰囲気を醸し出している。
ボーカルは欧米系の女性で、それだけでも相当びっくりなのだが、演奏がさらにすさまじい。
ただ早いだけでなく、きちんとメロディーを奏でている。
知る限りではキャメロット、タイム・レクイエム、マジェランだとかあたりの音を想起させる。
ちょっとヨーロッパ風にこだわりすぎている感じもあったが、ボーカルが異国の人なので、違和感なし。
声域がやや苦しいところがあったけど、ぱちっとはまると美声だった。
美声の音域で歌ってほしいと思った。

さて、トリは六合。
あちらこちらで既に語られているが、今までで一番と言っていいくらい音がよかった。
演奏もずいぶんこなれてきて、安心して聴いていられる。いや、もともと心配していないけど。
キーボードが加入し、ギターが交代し、バンドとしてのサウンドが揺るぎないものになった、という感じ。
この調子でどんどんよくなっていくのかと思うと、頼もしい限りである。
ただ、相変わらずmojoならではの低音がもこもこした感じはぬぐえず、そこはやや残念だった。

終了後、当日参加したよた帝メンバーで近所の居酒屋でミーティング。
12月対策とレコーディングのプランとアニソンとHRギーガーを検討して散会。

Minstrelix Rikugo_20091025

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2009年8月11日 (火)

2009/08/09 十三六重奏@Fandango

ガイキチサマーフェスティバル・・・う~ん、なんとも言えないサブタイトルだなぁ。
まさに十三の街にふさわしいイベントだった。

HOSOME
似非浪漫
る*しろう
ストロベリーソングオーケストラ野球部
日比谷カタン
Djamra

名前だけでこの種のジャンルが好きな人にはたまらないと思う。
当然、身の毛もよだつ凄まじい演奏が繰り広げられた。
こういう凄まじい人たちと同じ空間を共有できることを幸福に思っている。

Hosome_2

まず先陣を切るのはHOSOME。
疾走感溢れる演奏と奇妙にポップな曲想の微妙なバランスがいい感じなのだが、先日、心斎橋火影で見たときほどのテンションの高さを感じられなかったのがやや残念。

Eseroman

二番手は似非浪漫。
最近発表したCD"elenpywo"も凄まじかったが、この日の演奏も緊張感溢れるものであった。
アヴァンギャルドながらもロックっぽいやさぐれた?雰囲気がかっこいい。
先日、演奏の最後で見せたギター、ベース両者のドラムセットへのダイビングは今回は見られなかった。
あとでメンバーに聞くと毎回やっているわけではないとのこと。そりゃそうか。

前半の締めはる*しろう。
金澤美也子のキーボードをメインにしているが、もちろんドラム、ギターともにめちゃうまのバンドである。
特にギターの人の高速ロバート・フリップのようなギターは破壊力抜群。

Rusirou これが噂の「穴あき包丁」。あまりのおかしさにステージの写真を取るのを忘れていた。

後半戦はストロベリーソングオーケストラ野球部でスタート。
なにが野球部なのかよくわからないが、とにかくメンバーが野球のユニフォームでステージにあがっている。
もともとストロベリーソングオーケストラは見世物パンク一座として演劇をメインにしたパフォーマンスを繰り広げる集団なのでこれもありなのだろう。
彼らのステージを見るのは久しぶりだが、お馴染みの「穴あき包丁」の大判振る舞いがうれしい。

続いて、昨年よた帝イベントに出演いただいた日比谷カタン氏の登場。
相変わらずの超絶ギターと独特の歌唱で会場をカタン色に染め上げる。
一度見たら忘れられない強烈なパフォーマンスは今回も健在。
時事ネタ?も絡めたMCも相変わらず爆笑ものであったが、時間が押していたのか、演奏時間が短かったのが残念。
もっと長い時間聞かせて欲しかった。

Katan

で、トリは今回このイベントを仕切ったDjamra。
彼らのステージは何回となく見てきたが、今回のテンションの高さは特筆ものであった。
というか、回を重ねるごとに凄まじさがアップしているのがすごい。
この調子でどこまでいくのか興味津々である。

Djamra Djamra2

今回の出演者のいくつかは、よた帝サイトのリンクページにリンクが貼ってあるので、興味を持たれた方はぜひ覗いてみてほしい。
真にクリエイティブなミュージシャンの姿が垣間見えると思う。

打ち上げの席で、今回のイベントを仕切ったDjamraの中来田さんは疲れ切った様子であった。ほんとにお疲れさまと申し上げたい。

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2009年7月 9日 (木)

「さらばBBA~The Beatlesおさらいセッション」と若干の告知

京都は北山の閑静な住宅街にいささか唐突に佇むライブハウスBBA。
今月一杯で閉店するそうである。
セッションやライブで何かとお世話になったものである。
プロデューサーナイトセッションでは、念願叶ってフーのLive at Leedsの部分再現もできたし。
プログレ普及会第一回総決起集会もここでやったなぁ。
また、実はこの界隈の人は誰も知らないと思うけど、某ブルースセッションに乱入して、初期よた帝メンバーでプチライブをかましたこともあった。

既に各処で多くの人に語られているけど、ここで出会った人たちや経験、楽しかったこと不愉快だったことのいろいろ。
それぞれが貴重な体験だったなぁ。しみじみ。

そういう思い出を抱えつつ、最後に何かやろう、ということで以下のイベントが立ち上がっています。

Farewell Party:さらばBBA~The Beatlesおさらいセッション

プロデューサーは、界隈ではマッカートニー信者として名高いよた帝ベーシストろくまん。
エントリーなどはmixiでやっています。

名残はつきねど、皆の思いはきっと同じ。
最後にぱぁっとやりましょう。

*********************************************

それから、永らく地下活動に専念していたよたろう帝國、いよいよ再始動開始します。
詳細は追って告知しますが、現在以下の2本のライブが決定しています。
よろしくです~。

2009/08/22 大阪西九条Brand New
2009/10/18 京都丸太町陰陽(ネガポジ)

20091018

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2009年6月28日 (日)

Forefinger Live at Modern Times 2009/06/27

ときどきお邪魔して下手なフルート、サックスを披露しているForefingerのライブであった。
今回は、バンドの創立メンバーであるMFCオーナーの参加するラストライブということもあり、気合を入れて臨んだ。
記録をひもとくと、2004年の6月が「衝撃のファーストライブ」だから、もう5年にもなる。
結構長い間おつきあいいただいている訳だ。

Forefingerは、その名の通りForeignerのコピーを中心としたバンドである(恐らく日本唯一)。
プロジェクト的に「~のコピバン」を作ってライブを一本やっておしまい、というスタイルのコピバンが主流の中、固定メンバーで続けていて、しかもセットリストは毎回違っている(そういえば、もう"Long way from home"のサックスも長く吹いてないなぁ)ということは賞賛に値すると思っている。
演奏の安定感、メンバーのリレーションシップの高さ、毎回多種多様なコスプレ(^^;、即席バンドではなかなか出せない味がある。

さて、いつもは2~3曲、ちょこっとだけ吹くというのが参加形態だったが、今回は"Starrider"をライブバージョンで演奏することになり、なんとフルートソロが延々と続くという構成になっている。
えらいことになったなぁ・・・と思っていたけど、何回かリハを重ねて、だいぶん型にはまってきて、これならまぁ、本番でも大丈夫?というところまで漕ぎ着けた。

当日は3時に会場入り。
Modern timesとは、かの有名なRAGの入っているビルの地下になる、こじゃれた感じのライブハウスというよりライブパブレストランという感じのお店。
客席もテーブル席で店内の雰囲気も明るい。
会場に入るとPA担当の方が、挨拶に来られた。こういうことって、当たり前のように感じるけど、実はめずらしいことである。
お店の経営姿勢がうかがえて、なかなか好印象。

リハが終わって、空き時間もあったので、会場からほど近いBOOK OFF三条京阪店に行って、以下の3冊をゲット。
ラブクラフト全集6 H・P・ラブクラフト 東京創元社
対訳ブレイク詩集 ウィリアム・ブレイク 岩波書店
捏造された王国 島崎晋 学習研究社

ラブクラフトはいわずとしれたコスミックホラーの巨匠。
実はよた帝の歌詞は直接、間接的に大いに影響を受けている。
ブレイクは英国の国民的詩人。日本で言ったら芭蕉みたいなものかな?
プログレ者の間ではELPの「聖地エルサレム」の作詞者として名高い。もちろん本日の対バン、Sons of eveに敬意を表して買ってみた。
「捏造された王国」ってのは、どうもいわゆるトンデモ系古代史本らしいが、出雲王朝VS大和王朝ネタというのに興味があるので、ついつい。
失われた出雲王朝の末裔を自認するものとして、避けて通れないテーマである(ウソですよ)。

そんなこんなで会場に戻ると既に演奏が始まっていた。
最初はエムクラフト。最近デビューした若手ポップバンドらしい。若々しくって、いい演奏だった。
二番目は田辺モット氏を中心とするセッション。
ドラムに内伸ことぼじお君、ギターにStonecold氏と見知ったメンバーが参加していた。
最後にクリムゾンの「レッド」をやっていた。昔々によた帝でも散々演奏した曲なので、懐かしい気分で聴いていた。
一時期、ぼじお君によた帝で客演してもらったとき、彼はブラフォード嫌いを公言していたが、やはり今回も彼のプレイはブラフォード的というよりテリー・ボジオが「レッド」を叩いたら、という感じだった。
以前、客演してもらった「宮殿」も、マイケル・ジャイルス的ではなく、やはりテリー・ボジオが叩いたら的な感じなっていたことが思い出される。
終演後、かの偉大なドラマー、テリー・ボジオにあやかった二人のドラマー、ぼじお君とてりいさんとにはさまれてUK再結成談義に花を咲かせた。
個人的な結論としては、ドラム=テリー・ボジオ、キーボード=エディ・ジョブソン、ボーカル=ジョン・ウェットンで、ベースを誰か別の人(トレイ・ガンあたり?)でやっていただきたい、ということになった。

さて、長い前振りであったが、Forefingerの演奏である。
結論をいうと、まことに申し訳ない、とメンバーに陳謝したい気分だ。
せっかく長時間いただいたソロでぐだぐだになってしまった。
さらに、どうも演奏中に違和感があったのだが、客席ではフルートのピッチが相当ひどいことになっていたようだ。悲しい。
とはいえ、フルート抜きの演奏は、舞台そでで聞いていたが、非常にまとまって力強いもので、さすがであった。
オーナーが抜けてもバンドは続けていくそうなので、これからもがんばっていっていただきたいと思った。

トリは名古屋からやてきた稀代のELPコピバン、Sons of eveである。
彼のライブは何度か見ているが、なによりもキーボードのVoyager氏のエマーソンなりきり具合が凄まじい。
演奏はもちろん機材からパフォーマンスから、もうエマーソンに対する愛情が溢れまくっているといつも思う。
ひょっとして世界最高なのではなかろうか。
この日のセットは、

America
The endless enigma (part1)~Fugue~The endless enigma (part2)
Tarkus
Fanfare for common man~Rondo~Nutrocker
Hoedown
(・・・だったと思う)

やや地味な印象の「トリロジー」から大作を演奏してくれたのが、非常にうれしい。
(おかげで今日は朝からELPを聴いている)
彼らの演奏を聴いていると自分の演奏の不出来なんてどうでもよくなってきた。
ベース&ボーカルのはじめちゃんがさりげなくよた帝の宣伝をしてくれていたのが、ありがたいことである。

しかし電車の時間及び非常な疲労感のため、打ち上げ途中で早々に退散。
帰ってから、やっぱり演奏の不出来が気になって凹状態。

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2009年6月21日 (日)

六合主催イベント『凛音』 2009/06/20 at Mojo in Kyoto

行ってきましたよ、六合ライブ。
しっかし爆音にやられました。未だに耳鳴りがしてる。
大丈夫かな。

さて、京都を根城に活躍中のダーク・ロック・バンド六合が主催するイベントってことで、かなり期待して出撃した。
6時過ぎに会場に入ると、既に最初のバンド、"SoundWitch"の演奏が始まっていた。
テクノ調のシンセのシークエンスにヘヴィーなメタルリフがからみ、女性ボーカルが絡む様は、まさにインダストリアル・ゴシック・メタル。
・・・ところが、いかんせんPAが悪い。
音の分離が悪く、中低音域がぐしゃぐしゃになった状態。
さらに、打ち込みと思われるシンセパートが歪んでいて、さらにボーカルもなんか通らない音になっていて、非常に残念。
これでは熱演も台無しだ。

続いて沖縄から遠征してきた"大鴉"。
以前から六合のメンバーのお勧めバンドだったので、前の方でしっかり見ようと思い、前から3列目あたりの下手PAスピーカーの前に陣取った。
これが失敗だったかな。
彼らも、いい曲、いい演奏だったと思われるのに、PAにやられた。
ギター2本がダンゴ状態、さらにここも打ち込みと思われるパートが歪んでいる上に、ボーカルが引っ込んでいる。
視覚的には、すばらしいパフォーマンスだっただけになおさら残念。
左の耳にガツーンといかれて、未だにキーンと耳鳴りだ。

かなり辛くなってきて、もう帰りたいなぁ、と思ったが、ここで帰っては何のために来たのかわからない。
気を取り直して、少し中央に移動して六合のステージを待つ。
キーボードが加入し、音のスケール感が以前から格段にアップした六合であるが、今回はギタリストが交代したという。
果たして、新生六合の音はいかに・・・。

彼らのライブは最初期から見てきているが、ここ数回は格段によくなってきている。
今回も強靭でしなやかなリズム隊は健在。
さらにキーボードによって厚みと広がりを加え、独特の世界観の表現にさらに磨きがかかってきた。
心配されたPAであるが、幸いなことに六合はギターが1本なので、中低音部がぐしゃぐしゃになってしまうことはなかった。
音は大きくても、すっきりした印象でバンドとしてのまとまり、表現したい音世界がよく伝わってきた。
新しい曲はメロディーも整理されて、いい感じ。
ところどころ垣間見せる変態アレンジも、さりげない感じで、洗練された印象だ。
お客さんも大ノリで、イベントは大成功だったと思われる。

返す返すもPAのまずさが残念であった。
天井が低く、横幅もないハコだから、ある程度もこもこした音になるのはしかたないにしても、今回はちょっとねぇ。
結果的には後ろの方で聞いていたほうがよかったかな。

よた帝も音数の多いバンドなので、こういう狭い会場で演奏するときは十分気をつけようと思ったのであった。

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2009年6月19日 (金)

【温故知故】Sparks "Kimono my house"

子供のころ、まだMTVなんてものが世の中に存在しなかった時分。
週に一回近畿放送(今のKBS京都だ)で洋楽のPVをオンエアする番組があった。
この番組で見たアーティストの数々は未だに強烈な印象を残しているものも多い。
とはいえ、もうだいぶん忘却の彼方に追いやられているけどね。

ロキシー・ミュージック、ブラック・サバス、T・REX・・・。
その後、大いに影響を受けたミュージシャンの数々。
そんな中、ひときわ印象深いバンドがこれだ。スパークス。

Sparks

ロンとラッセルのメイル兄弟のバンドなどと知ったのはずいぶん後のこと。
当時、ブラウン管の中で見る彼らは、およそ「ロック」的かっこよさとは無縁の風情であった。
確かにボーカル担当のラッセルはかっこよかった。
かたやロンは痩身短髪チョビヒゲ・・・。で、無表情にキーボードを弾く。
ロボットのように体をカクカクさせて鍵盤を叩くその姿は、当時の一般的なロック・ミュージシャンの姿とはほど遠い。
はっきり言って「かっこわるい」と思った。
クィーンだ、キッスだ、ディープ・パープルだ、と騒いでいたガキの考えることと言ったらその程度だ。
70年代中ごろってそんな時代だったのだ。
まだ、テクノ、ニューウェイブはおろかパンクすらなかった時代だ。

しかし、印象には残った。
一度、きちんと聴いてみねば、と思いつつ30数年。
ちょっと前にCDを入手して聴いてみた。
かっこいい・・・。
が、明らかに変態だ。

ポップで明快なメロディー。
にもかかわらず、それを朗々とファルセットを交えて歌い上げるボーカル。
にもかかわらず、ビミョーにチープな演奏。
ところどころでツボを押さえた絶妙なプレイを聞かせるキーボード。
違和感と洒落っ気たっぷりの音楽に、やられてしまった。
「にもかかわらず」という「裏切られ」感がヒジョーに心地よい。
これはどう聴いてもイギリスのバンドだろうと思ったら、実はアメリカ人と知ってまたびっくり。

グラムロック、ハードロックに代表される、いわゆる「ロック的かっこよさ」に敢えて異物を挿入したかのような感覚は、例えば初期のロキシー・ミュージックや(音楽的にはまるっきり違うけど)トーキング・ヘッズに近いものがある。
ただ、ロキシーやヘッズのように確信犯的狡猾さとは無縁の無邪気さがスパークスの持ち味のような気がする。
そういえば、「かっこいいボーカリスト」と「かっこわるいメンバー」というコミカルな構成はチープ・トリックの先駆かもしれない。

他にベスト盤を聞いてみた。
もろテクノな曲があったりして、やっぱりポップなメロディーで、意外とすっぽりはまった感じ。
そうなると、途端にフツーに聴こえてくる。
それでも、どことなく漂うヘンテコな感じは健在で、つくづく特定のジャンルに縛られない自由闊達な人たちなのだなぁと思う。
基本的なメロディーセンスが変な方向に優れているのだろう。

・・・とかく批評性とかロックの客体化とか小難しいことを語りたくなる雰囲気を持っているが、そういう評論家的発言を鼻で笑うような潔さが彼らの魅力だ。

Sparks2

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2009年5月31日 (日)

MAGMA LIVE at BIG CAT 2009/05/30

Magma200905300 数日前に、マイミクさんの日記でMAGMAの来日を知った。
そういえば、前回の来日も結局行けず、ずいぶんと後悔したものだ。
というわけで、ちょうどめずらしく何の用件もない土曜日の午後、一路大阪心斎橋はBIG CATに出撃。

心斎橋界隈の小ぶりなライブハウスはよく行くのだが、結構大手のBIG CATはすぐ近くまで行ったことはあっても入るのは初めて。
5時ちょっと前に到着。
5時からの当日券を求めに集まった人々がちらほら。
いや、ほんとにちらほら・・・。ちゃんとチケット売れてるのだろうか。
ちょっと心配。

20090530magma

当日券をゲットして、開演まで周辺をうろうろして時間をつぶし、6時半ごろ会場入り。
何人か、知った顔を見かけ、久々に歓談。
そうこうするうちに開演となった。

MAGMAは結構好きなバンドだが、一般にMAGMAファンは相当に濃い人が多いので、そういう方々に比べたらわたしなんぞ素人も同然。
従って、知ったかぶって曲目だとかメンバーなんかの解説はようしません。

ただひたすら強力な演奏と歌唱に圧倒された2時間30分だった。
他の誰にも似ていない唯一無二の楽曲、緊張感漲る演奏、結成40周年とは思えないばりばりの現役感。
特に、御歳61歳のクリスチャン・ヴァンデ翁、たぶん同じような年齢のステラ・ヴァンデ両名は、彼らの子供くらいの年齢と思しき若いミュージシャンたちを従え、老いてますます盛んなパッション全開。
クリスチャンのプレイは、さすがに技術的には昔のドラマーという感じだが、音に籠められた熱気はただごとではなかった。ステージ後半は汗まみれになって、フランシスコ・ザビエルのような頭髪が、ほぼ河童状になっていた。湯気が客席からも見えそうな感じだ。
ステラは、爆音が疾走する演奏に耽美な歌声で叙情性を与える。
美しい。天女のような歌声だ。
大地の躍動と天空の光が交錯し、森羅万象が一つの音楽に結実したかのような印象だ。
CDだと、コバイア語の語感もあってか、なんだかおどろおどろしいイメージが強いが、初めて生で見たMAGMAは、そういうキワモノっぽさとは無縁の誠実で真摯な音楽家の営みを垣間見た思いだ。
1曲40分を越える新曲を披露するあたりにも、まだまだ衰えない創作意欲の迸りが窺える。
誰とは言わないが、往年のメンバーで再結成集金ツアーをやってる人たちとはアティチュードがまるっきり違う。
ゴミのような最下層の一介のアマチュアミュージシャン風情が偉そうにこういうことを言うのもいかがなものか、とは思うが、音楽に携わるものとして、こういう姿勢は見習いたいものだ。

約2時間で本編は終了。
ほどなくしてアンコールに応える。
メンバー紹介のときに、ギターの人が「日本語はあまりわかりませんが、俳句は詠めます。朝顔につるべ取られてもらい水~」なんて日本語で語ったり、ちょっとお茶目な面もあって、メンバー間の雰囲気もよいのかな、と思わせる場面も。
2回目のアンコールでは、クリスチャンがソロで歌う。
たぶんコバイア語なんだろうけど、「はんにゃらほんにゃらふにゅるる、ひー」(なんてな感じの歌詞?)と奇妙でちょっとおかしな歌を穏やかで淡々としているけど、力強い演奏にあわせて歌う。
クリスチャンの表情も穏やかなものから、後半盛り上がってくるにつれて悲しげに、苦しげになってゆく。
素晴らしい声である。
いわゆる「うまい歌」ではないし、歌詞もわからんけど、心に響く素晴らしい歌唱だった。

あぁ、思い立って行ってよかった。

・・・で、帰りにおみやげにバンドTを買って帰った。
"ATTAHK"のジャケ絵がプリントされたのもあって、ずいぶん迷ったが、さすがにあれは普段に着るにはインパクトが強すぎるだろうと、フツーのにしたんだけど、やっぱり"ATTAHK"の方がよかったかな。

20090530magma2

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2009年5月 3日 (日)

【温故知故】 Strapps "Live at the Rainbow 1977"

相変わらず昔のCDを買い漁っている。
よく年下のバンド仲間からは「最近の音楽全然聞いてないでしょ?」と訊かれるが、まさにその通りである。
なぜそうなのかと突き詰めていくと、結局好き嫌いの話になってしまうので、たいした結論は出てこない。
これは個人的資質の問題だと思うので、いたしかたないところだ。
そういう新しいムーブメントとは無縁の音楽を探り、新しくもない見識を得る、これを「温故知故」という。

で、「昔のCD」を今さら買い漁る動機には、大きく2つの傾向がある。
ひとつは、ここ数年(10数年?)に出版されたジャンル別CDガイド本、あるいはインターネットのレビューサイトなどのメディアによって新たに仕入れた情報に基づくものである。
もうひとつは、リアルタイムでインプットされた情報に基づくものである。
発表時にラジオや雑誌で「これはすごい」と評されて、気になっていたのだが、その後さっぱり見かけなくなっていたものがネット通販サイトやオークションで見かけてついつい入手してしまう、というパターン。
特にラジオで2~3曲だけ聴いて、「あ~、これはいいな」と思っていたが、ついつい機会を逃して、気がつけばとっくの昔に廃盤になっていて入手困難になっていたものを不意に入手したときの喜びは大きい。
そういう経験は長く音楽を聴いてきた人ならば誰にでもあることだと思う。

個人的にそういうバンドの代表格がストラップスである。
70年代後半に彗星のごとくロックシーンに現れ、線香花火のように消えていったバンドである。
70年代後半というと、ロックというものが「クィーン、キッス、エアロスミス」の3大バンド(とBCR)の活躍によって、日本のティーンエイジャーにとっても身近な娯楽となった時代である。
75~7年あたりは、その3大バンドの後塵を拝するがごとく数多くの個性的なハードロック系バンドが輩出された(というか日本で紹介された)。
まぁ、要するに一部のマニアの愉しみから大量消費される商品と認知されるようになり、レコード会社も販売に力を入れるようになったってことだろう。

その中で、このストラップスはロジャー・グローバーがプロデュースしたせいか「ポスト・ディープパープル」の呼び声も高かったのだが、結局ブレイクすることなく消えていったようである(当時、英国では既にパンクの勃興期、この手のオーセンティックなハードロックバンドは見向きもされなかったという)。
とはいえ、一時期かなり注目されたバンドなので、ブリティッシュハードロックのCDガイド本なんかではよく見かける。ただ、その際に、デカダンポップ系の1stの評価が高く、直球ハードロック路線の2ndは評価が低い。3rdに至っては凡作扱いだ。
2nd"Secret damage"発表当時、NHKFMで数曲がオンエアされ、おぉ~これってかっこいい!と思ったのものである。

エッジの効いたギターと天空を駆けるがごときのシンセソロ。
ディープ・パープル直系のクラシック・コンプレックス丸出しのイントロなど、「様式美ハードロック」が確立する以前ではあるが、そういう要素が散りばめられている。
「個性的」ではないかもしれないが、ディープ・パープルと80年代様式美メタルの橋渡し的内容は、ハードロック史の観点からも興味深い。

・・・てな理屈を考えたのは、ずっと後のこと。
当時はついつい買いそびれて、10年ほど後、中古レコード屋を巡るようになってから結構探したが、ついぞ見かけることがなかった。
CDが主流になって、旧作のCD化がかなり進んできても、本作がCD化されることはなかったようである。
1stはCDになってるんだけどなぁ・・・。

数年前にとうとう業を煮やしてレコードで入手した。
改めて聴いて、どうしてこれが売れなかったのかなんとなくわかった。
発表した時期が悪かったのだろう。聞いた感じが古臭い。
ジャケットも陰気な感じでよくない。
曲も演奏もいいのに惜しいことである。

作曲、ボーカル、ギター担当のロス・スタッグが中心メンバーなのだが、現在では元クォーターマス、後にイアン・ギラン・バンドで活動するミック・アンダーウッド(Dr)が在籍していたバンドという認知がされているようである(今回入手したライブ盤もミック・アンダーウッドがどうやら権利を持っているらしい)。
ロス・スタッグって、どこに行ったんだろう(なんでも故国オーストラリアに帰って、音楽教師をしているとか)。
ギターも歌もすごくうまいという訳ではないが、なかなかいい味を出しているし、曲もいいのを書くし、なんといっても見た目がかっこいい。

さて、今回紹介するのは、最近(2008年)発表された"Live at the Rainbow 1977"なるCDである。
2nd発表時のライブのようで、そこからの選曲が多い。
特に名曲の誉れ高い"Down to you"では、スタジオで猛威を振るっていたキーボードも大きくフィーチュアされ、なかなか聴き応えがあるが、いかんせん全体に演奏が荒っぽい。
それが実力だと言ってしまってたらそうなのかもしれない。
これだけ聴いたのでは、おぉストラップスかっちょいい、とはなかなか思えないところが残念だ。
やはり2ndのCD化が望まれるところである。

70年代後半のブリティッシュハードロック暗黒時代をたくましく生き残ってきたバンドには、それなりの力と戦略があったってことだろう。
ロックの多様化が進んでいた時代に、このような直球一直線の王道ハードロックはあまりに厳しい。
しかし、中途半端に商業ベースに乗ってしまったせいか(きっと権利関係がややこしいのだろう)、未だにCD化されていないのは実に惜しい。
もはや希少であることしか存在価値のないような幻バンドの作品がどんどんCD化されている時代だというのになぁ。

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2008年12月28日 (日)

「白黒ダンス」仮想のタケオ&木村三郎 at 陰陽 2008/12/27

暮れも押し迫ったこの日、烏丸丸太町の陰陽(ネガポジ)に行ってきた。
先月、よた帝イベントでお世話になった「仮想のタケオ」こと陰陽のタケオさんのライブである。
実は、彼のパフォーマンスを拝見するのは初めてなのだが、My Spaceで彼のライブの様子を垣間見るに、なかなか興味深く、おおいに期待をして足を運んだ。

お店に入ると、いつものテーブルは片付けられていて、フロアに絨毯がひかれている。
そして、中央にスペースが設けられ、周囲に座布団が並べられている。
既に座布団に座り、くつろいで一杯やっているお客さんも・・・。
いつもと雰囲気が違うなぁ、と訝しく思うが、フライヤーを見て合点がいった。

「白黒ダンス 脚本 木村三郎 仮想のタケオ 演出 木村三郎 仮想のタケオ 主演 木村三郎 仮想のタケオ・・・」

なるほど、演劇仕立てのライブなのだな。
(後で知ったが、木村氏もソロパフォーマーで「戦慄の旅芸人」だとのこと。ギターの弾き語りは見事であった)
これはますます期待が高まる。
そして待つこと30分。

それまでアイリッシュフォークのような穏やかな音楽が店内に流れていたが、突然大音量のキング・クリムゾン「レッド」が店内のまったり感を吹き飛ばした。

店内中央のスペースとステージで彼らのパフォーマンスは繰り広げられる。
少年期の出来事に起因する記憶障害によって「ピアノ」を「タンス」と認識してしまう男(郵便配達人?不動産屋さん?)が、精神科医の催眠療法で過去を遡り、記憶の中で辿り着く意外な事実。
記憶と忘却と、少年期の孤独と幻想。
・・・な~んて書くとシリアスなドラマのようだが(いや、ある意味シリアスなのだが)、タケオ氏のピアノ、ソプラノ・サックス、木村氏のギター演奏、両氏による歌、コント風の寸劇を挟み、おかしくもあり、悲しくもあるこのストーリーを飽きさせることなく演じきっていた。
およそ90分ほどのパフォーマンスだったが、あっという間に終わった。

役者も2人、演奏も2人(しかも全部生演奏)、こじんまりとしているが、しっかりと作りこまれたいい舞台であった。
タケオ氏は、来月1/29にもネガポジでライブを行うとのこと。
しかも先般よた帝イベントに出演していただいたマドモアゼル・フルールも出演されるもよう。
これは要チェックだ。

終演後、まったりと焼酎を飲んでいた。
向かいに座った銭湯帰りのカップル?となんとなく歓談したり、座敷でトランプに興ずる兄妹及びその家族の熱戦を観戦したり、およそライブハウスとは思えないのどかな雰囲気。
ここのお店の独特な感じ。

地下鉄の終電が迫ってきたので、後ろ髪を引かれる思いでお店を後にした。
今年最後のライブ観戦は、非常にまったりとした感じ。
激動の一年の締め括りには、ほどよい加減だった。

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2008年11月25日 (火)

Won't get fooled again ザ・フー大阪公演

The_who_2008tour いささか旧聞に属する話になってしまったが、行ってきました。

The Who Live at Osaka Castle Hall

前回の初来日は、なんとなく行きそびれてしまって、後から、人づてにその様子を聞くと、後悔することしきりであった。
そんなわけで、今回は万難を排して見るべしっ!ということで、ちょうど一年ほど前、Black SabbathもといHeaven and hellを率いるアイオミ先生のご尊顔を拝した大阪城ホールに突撃してきました。

実は、個人的には、世を忍ぶ仮の仕事(稼業ともいう)がちょっとたいへんなことになっていて、平日にライブなんぞ行っている場合ではないのだが、しかし、この機会を逃すと、一生タウンゼント先生の人間風車を生で拝むこと叶わぬのではないかと思い、仕事をほっぽり出して行って来ましたよ。

しかし、現地着は7時20分くらい、既に4曲ほど終わっていた。残念。
最近は外タレも時間厳守だな。以前は30分くらい平気で開演を遅らせていたような気がする。
ホールに入ると、いきなり「フー・アー・ユー」だ。
おぉ、ピートがロジャーが、ご老体に鞭打って跳ね回っているぞ。
さすがにピートのジャンプは、本人曰く"Too old to jump"だそうで、滞空時間が極めて短いものだったが、それでもホンモノだ。
なかなか味わい深いジャンプだった。

ロジャーも還暦をとうに過ぎているとは思えないシャウターぶりで、若いころより歌がうまくなっているような気がする。
なんかソウルフルな感じだったなぁ。

・・・などと感慨に耽っていると、あの印象的なシンセのシーケンスパターンが大音量で開場に響く。
「ババ・オライリィ」だ。
一気に会場は興奮の坩堝。
みんなこの曲好きなんだな。
ピートの風車もぐるぐる回る。
"Teenage waste land"・・・「10代の不毛地帯」
60代のじいさんが歌うこのフレーズは、リアルだとか切迫感だとか、そういうものを軽くすっ飛ばし、神の啓示、永遠の真理に似た感覚で、われわれの耳に届く。
スタジオ盤では、ピートのハイトーンで歌われた部分は、じいさんのダミ声で歌われる。
「泣くな。そんな情けない目をするな。無駄に過ごしたのはたったの2日間じゃないかよ」
多分、そんな意味なんだろうと思う。
一見、力強く青春を励ますような歌詞に読めるが、ピートの歌は、

「てめーらガキにわかるめぇ」

とうい凄みを伝えていた。
「そうさ、人生ってもんはなぁ、てめーらの考えてるような甘っちょろいもんじゃねーんだぜ。
だから、そんなしょーもないことでうじうじ悩むな」
な~んて、じいさんの説教のような、それでいて妙に説得力のある歌だ。

とはいえ、観客も大方人生の折り返し点を過ぎたおっさんばっかりだったけどね。

その後、「四重人格(さらば青春の光)」の曲の背景で映画のシーンを流したり、あぁ、感動的だ、名曲のオンパレード。
そして、ギターの力強いストローク一発で始まり、オルガン(シンセ)の8分音符のシーケンスが残響のように響く。
「無法の世界」だぁっ!
ううう、これが聴きたかったのだよ。
昨年某セッションで演奏して、そのときも名曲であることを確信したが、今回はホンモノだ。

「もう二度と騙されるもんかっ!」

いろんなものに騙され続けて生きているわれわれに勇気を与えてくれるこの歌は、全世界の悩めるオトナへの讃歌だ。
曲の後半、ロジャーのシャウトが轟き渡る。
みんなこれ待っていたのだね。大喝采、客席は狂喜乱舞。
なんちゅても世界三大シャウトの筆頭だからな。

その後、お約束の「マイ・ジェネレーション(拡大版)」で一旦終了。

アンコールは、「ピンボールの魔術師」に始まる「トミー」メドレー。
"See me feel me"では、客席は"Listening to you"でこぶし振り上げての大合唱。
最後はピートのアコギとロジャーの朗々とした歌。最新作に収録されている曲らしいが、申し訳ない、よく知らない曲だった。
また聴いておきます。

もともとピートはモッズ族でもなかったらしい。
デビューするとき、マネージメントの要請で、若者に受けるようにファッションとしてのモッズを取り入れたそうだ。
それはともかく、怒れる若者の代弁者のように語られるピートであるが、じいさんになっても、昔の歌は一向に色あせない。
というか、むしろ、じいさんならではの凄みと説得力を増しているような気がする。

もともとそういう歌詞だったんだろう。特定の世代のことを歌っているわけじゃなかったんだな。
40を越えても、60を越えても、「俺の世代のこと言ってんだよ」と歌い続けるロジャーは永遠のロック馬鹿だったし、ピートは死ぬまで腕をぐるぐる回しながらギター弾いてるんだろうな。
ああいう風に歳をとりたい、としみじみ思ったのであった。
ついでに、頭髪が寂しくなったらピートみたいにしようと思ったのであった。

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2008年8月 5日 (火)

不覚にも・・・。

ごくまれにテレビから流れてくる音楽が妙に気になることがある。
音楽番組だと誰が演奏して誰が歌ってるかは、しっかりと紹介してくれているので、非常にわかりやすい。
また、ドラマやアニメの主題歌はきちんとクレジットが映るので、これまたわかりやすい。
しかしながら、わたしはこのいずれもあまり見ない。

従って、ドラマやアニメの話題について行けないことが多い。
そういえば、あまりバラエティ番組も見ないので、お笑い芸人情報にも疎い。
しかし、だからといって、テレビを見ていないわけではない。

休みの日にウチにいるときは、たいていテレビが点いている。
ひどいときなど、朝から夜まで点けっぱなしってこともある。
朝8時15分から「瞳」を見て、「週間ニュース」を見て、「家計診断 おすすめ悠々ライフ」を見て、「食彩浪漫」を見て・・・。
昼からはニュースを見て、「生活笑百科」を見て、また「瞳」を見て、「篤姫」の再放送を見て、このあたりで昼食を摂るので、「百歳」はとばすことが多い。その後、「スタジオパーク」を見て・・・。
あぁ、NHKばかりだ。
時期によっては、その後、相撲だ高校野球だオリンピックだ、と、さほど関心もないスポーツ中継を見て、夕方には「こどもニュース」を見て・・・。
「世界遺産」やら「太王四神記」やら「上方演芸ホール」やら「ドキュメント挑戦」やら・・・あぁ、きりがない。
と、一日テレビを見ている。
まぁ、じっと見ているというより、なんとなく点いているという感じで、その横で打ち込みやったり、採譜したり、歌詞を書いたり、ギター弾いたり、いろいろしているのだが、その背景には、間断なくなにがしかの音声と情報と映像が垂れ流されている状況なのだ。

という具合に、何か目的を持って(「ドラマ見たい」とか「野球見たい」とか)見ているわけではなく、ただ単に誰かの声が聞こえていてほしいだけなんだろうと思う。
だからと言って、民放だとCMがうるさい、というよりあまりに断片的すぎてせわしない、落ち着かない。
なによりも、なにがしかの音楽行為を行っていることが多いので、テレビから音楽が流れてきて、やかましいのは困る。
実は、意外なほどにNHKの放送は音楽が鳴らないのである。
人がしゃべっていることがほとんどだ。
そんなわけで、NHKにはずいぶんお世話になっているのである。

そういう状況で、ふと気になる音楽が流れてくるので、誰が歌い演奏しているのか、よくわからないことが多い。
何かの番組の主題曲であれば、次の放送の際にチェックすればいいのだろうが、最近は目も弱ってきて、テレビの画面の文字が読みにくい。
動体視力が落ちているのだろう。
なによりも、「チェックしなければ」という意識がないので、「あぁ、またこの曲誰のかわからんかった」と思うだけで、終わってしまう。
それで終わってしまうのだから、執着心も薄くなっているのだろう。

しかし、どうしても気になって気になってしかたがない曲があった。
ちょっと歪んだギターのストロークから始まり、ややサイケな感じのストリングスが重なる。
ミディアムテンポで、青臭い男の声で歌われる字余りのその歌は、妙に心に響いた。
「世界中に溢れている溜息と君と僕との×××(よく聞き取れない)挫折に捧ぐ。あと一歩だけ前に進もう」
という歌詞もなんかいい感じだ。
「プロフェッショナル」という夜10時から放送している番組の主題曲で、もうかれこれ2年くらいは気になり続けていた。
なにか「悔しい」気分で漫然と聞いていた。
「うわ、やられたっ」という感じか。

最近、やっと歌っているのがスガシカオで、kokuaというユニットの作品だと知った。
う~む、今さらにもほどがあるな。
調べてみると、発表年に「紅白歌合戦」で歌っていたらしい。見てなかったのかな。

というわけで、やっとCDを買って聞いてみた。
あらためて、きちんと聞いてみると、いい曲だけど、さほど感動することもない。
かと言って、番組の内容にシンクロしてないから感動が薄い、という訳でもない。
しかし、挫折と希望を淡々と綴った歌詞を、いかにも意志薄弱な感じのふにゃけた歌声で歌われると、なんともいえない安心感に満ちてくる。
不安定で根性に欠ける歌い手の心情をなぞるようなストリングスのウネウネした旋律が気持ちいい。

コブシを振り上げて愛を叫んだり、青筋立てて世界の不条理を糾弾したりするような熱情はないが、というかそんなの鬱陶しいだけだが、妙に脱力してるけど、こそっと意志を貫く。
「大きい声では言わないけど、ま、俺も頑張ってるし」みたいなマージナルな姿勢が、まさに迷える羊たちの福音となるのだろう。

・・・そんなわけで、不覚にもおっさんの歌に癒されてしまったのであった。
ワシも年とったものだ。

Kokua

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2008年1月 5日 (土)

謹賀新年~Voodoo child (slight return)

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくです。

今年は新年早々、「あしたのジョー」全12巻(講談社漫画文庫版)を読破してしまいました。
やっぱり名作は何度読んでもいいなぁ。
一般に思われているいわゆる「スポ根」ものとはちょっと違う、贖罪と魂の解放の物語。
まさしくこれは「神話」の領域の物語だ。

それはさておき、今月13日に挙行されるBBAセッション第一弾で、お題に挙がっているジミヘンについて。
ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのサードアルバム「エレクトリック・レディランド」。
ジミの最高傑作とされるこの作品、中学生のころ、親しんだアナログ2枚組みLPと現在流通しているCDでは曲順が違っていることは有名である。
LPでは1枚目のB面にあたる部分が、CDでは最後になっている。
個人的には長年慣れ親しんだLPの方がしっくりくる。
すなわち、"1983...(A Merman I should turn to be)"~"Moon, turn the tides, gently, gently away"の幻想的なインストで静謐のうちに終わる構成ね。
現行CDでは"Voodoo child (slight return)"で、荒れ狂うジミのギターのフェイドアウトで終わっている。
なんだかいささか消化不良な気がする。

で、だ。
LP盤に慣れ親しんだ人ならご理解いただけると思うが、このラストナンバー、CDでは「ヴードゥー・チャイルド」という曲名になっている。
これはおかしい。
この曲名は「ヴードゥー・チャイル(2)」だったはずではないか。
・・・ということに最近気がついた。
というのは、先般述べたBBAセッションの候補曲選定会議に顔を出していたとき、プロデューサーが出した候補曲リストに"Voodoo child"と記載されていたからである。
「あの曲は『チャイル』であって、『チャイルド』じゃない。訂正しなさい」と強硬に主張した。
ところがその後、ちょっと気になって手持ちのCDを見てみると、なんと"Voodoo child (slight return)"と表記されているではないか!
「えぇ~、そんな~ん、おかしいやん」El_2

この正月に実家に帰る機会があったので、段ボール箱に詰め込まれているLPから「レディランド」を引っ張り出して確認してみた。
(ちなみに、悪評高いこの日本版ジャケット、わたしは嫌いじゃないです。いや、スケベ心で言っているわけじゃなくって)
やはり、しっかり「ヴードゥー・チャイル(2)」と記載されている。わたしの記憶違いというわけではなかったのだ。
しかもジャケットに印刷されている英文表記も"Voodoo chile (slight return)"だ。
うむむ、この30年ほどの間に一体何があったのか?
え?30年?
そんなに経てば、いろいろ事情も変わって当然か。Voodoochild3 Voodoochild2_2
所有しているCDは輸入盤なので、あまり詳細な情報は得られないのだが、ブックレットに掲載されているジミの本作に関する自筆メモの写真を見ると、確かに"Voodoo child (slight return)"と書いてある。
しかも"chile"をぐりぐりと上からなぞり書きで訂正して"child"。
ということは、もともと"child"だったのだが、"chile"とLPでは誤って表記されていたということになる。
LPでいうとA面の最後のブルースジャムは"Voodoo chile"で間違っていなかったので、当時のレコード会社の人が、そのジャム曲と混同してしまったのだろうか。Voodoochild1

新年早々、新たな謎が生まれた。

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2007年12月31日 (月)

Djamra live at Nano in Kyoto

冬の京都は寒い。
今日は特に寒かったなぁ。多分、この冬一番だったんじゃないか。
昨日から自宅にこもって、先日のプログレ普及会の映像記録を編集しているのであるが、なにぶん映像編集という作業は初めてで、試行錯誤やら失敗やらを繰り返し、なかなか遅々としてはかどらない。
やっと今日になって、なんとか目途が立って、出かけることができた。
目的地は、来月によた帝ライブで競演をお願いしているDjamra(じゃんら)の今年最後のステージが行われるNanoというライブハウスである。
押小路通西洞院にある最近できたお店のようだ。初めて行ってみた。

地図を頼りに赴くと、なんだか昔ながらの京都の街並みの中に入っていく。
こんなところにライブハウスなんてあったっけ?と思っていると、あったあった。
地下に降りてドアを開けると、お店のサイトに書いている通り小さい。
思わずマスターに「ここ、何人入るんですか?」などと失礼なことを訊いてしまった。

ほどなく、Djamraのメンバーが現れ、しばし歓談。
そうこうするうちにお客さんも入ってきて、いよいよ開演。
この日の出演は、

Djamra/ときめき☆ジャンボジャンボ/hagure/セシオン

の4バンド。
Djamra以外は、申し訳ないけど、名前も知らなかった。
ところが、である。
いずれもインストバンドながら、凄まじく個性的で、熱気あふれるすばらしい演奏を聞かせてくれた。
いや、行ってよかった。

まず、トップバッターはhagure。
サックス、ギター、ドラムという小編成であるが、非常にイマジナティブな演奏だ。
3人とは思えない広がりを感じさせる。
しかも、演奏が楽しそうだ。というか、ほんとに楽しいのだろう。
ジャズっぽくもあり、時おりロックっぽくもあり、小編成ならではの柔軟性もみせる。
あとでメンバーと話をさせてもらったのだが、まだ学生さんだそうだ。
こういう若い人たちが、このようなクリエイティブな音楽を演奏しているのは、頼もしく思える。

次に、セシオン。
一見、普通にロックやってますみたいな風貌の青年3人によるギタートリオである。
出てくる音は確かにロックなのだが、攻撃性が尋常でない。
猛烈なスピード感とただごとでない音圧で、会場を席捲する。
それに反し、MCがどことなくすっとぼけた感じで、なんだかほっとする。
このバンドも小編成ならではのアンサンブルの柔軟性を武器としている。

3番手に、Djamraの登場。
さすがにベテランならではの安定感・・・というか、いつもながらの超絶高速アンサンブルで、会場は興奮の坩堝、阿鼻叫喚の巷。
強烈な若手個性派バンドに一歩も引けをとらないばかりか、いつもにも増してアグレッシブだったかも。
来月は、このスリリングで攻撃的なバンドと同じステージに立つのかと思うと、非常に楽しみである。

最後はときめき☆ジャンボジャンボ。
なんだか人を食ったような名前だが、これだけ名前と出てくる音のギャップが大きいバンドもめずらしい。
ベースの青年が(バンマスだそうだ)、ステージに上がるなり、「酔っ払ってるぜぇ~」みたいな発言をして、また、どう見ても実際に酔っ払っているようなので、一体どうなることかと心配したが、その心配は演奏が始まるとともに吹き飛んでしまった。
這いずり回るリズム隊と先鋭的なギター、そしてリリカルなキーボード。
こう書くとなんだかミスマッチに見えるが、これらが一体となって音の塊となって押し寄せてくる様は圧巻であった。
演奏自体は、ヨーロッパのヘヴィープログレっぽいのだが、そこにフランス印象派のような和声のキーボードによる叙情的なメロディーが乗っかって、非常に不思議かつ新鮮な感じ。
いや、思わずCD買っちゃいましたよ。
終演後、メンバーの方とも話させてもらったが、演奏中の激しさとは打って変わって、穏やかで丁寧な印象だった。
最近の若い人は、人間ができてるなぁ。

・・・とうわけで、3時間、立ちっぱなしという普通なら難行苦行なライブだが、この日は全然それが苦痛にならなかった。
どのバンドも非常に熱くすばらしい演奏で、時間が経つのを忘れるほどだった。
次から次へと、目が覚めるような音楽を全身に浴びて、なんだか身も心も軽やかになったような気分だ。
小さい小さいと書いたが、お店の音響もよく、抜けのよい音で、大音量でも苦にならない。
いいお店を見つけた、と思った。

最後に、今年も大過なく過ごせたことを周りの方々と天に感謝して、一年の締め括りにしたく思う。
どうもありがとうございました。
来年もよろしくお願いしますよ~。

Getattachment

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2007年10月25日 (木)

Loud park 2007 "Heaven and hell" Live in Osaka

今をさること、27年前。
まだ高校生で、自由になるお金もあまりない時期に彼 らはやって来た。
1980年のブラック・サバスである。
オジー・オズボーンが抜けて、元レインボーのロニー ・ジェームス・ディオが加入して発表された「ヘヴン・アンド・ヘル」は、リアルタイムで衝撃を受けた。
オジー時代(特に初期)の陰鬱で重厚な音を愛していた高校生にとって、非常に洗練されてモダンな新生サバスのサウンドは「こんなんサバスちゃうやん。けど、かっちょえぇ~」の一言であった。
ほどなく彼らの初来日公演があった。が、残念ながら見に行くことができなかった。
見に行った友人によると、京都会館第一ホールの座席が振動し続けるほどの重低音だったそうだ。
その話を聞いて、身もだえして地団駄踏んで悔しがったものだ。
その後、外タレ公演の昔話をするとき、必ず「行かなかったことをいまだに後悔しているバンド」として、ロニー在席時のサバスを挙げることとなった。

余談だが、高校生の頃、よくコピーした3大ハードロックギタリストは、ピート・タウンジェント、アンガス・ヤング、そしてトニー・アイオミ先生である。いずれもSG弾きだ。
さらにどうでもいい話だが、著名なミュージシャンで常に敬称を付けて言い習わしているのが、イアン・アンダーソン師、ロバート・フリップ翁、そしてアイオミ先生である。ジミヘンもコゾフも、激しく敬愛しているが、彼らは既に鬼籍に入った人たちなので、敬称略である。

そんなことはどうでもよくって、今回のサバス、いや、正確にはヘヴン・アンド・ヘルというバンドの来日公演である。
周知のこととは思うが、実態はロニー期のサバスである。さらに正確を期すと、「ヘヴン・アンド・ヘル」というより「モブ・ルールス」にすべきなのだが、まぁ、それはいい。
そんなわけで、やっと27年前の遺恨を晴らすときがやってきたのである。

以前から今年のラウドパークはロニー期のサバスが来るらしいと聞き、「まじっすか。それは行かねば」と思っていたが、どうやら関東だけらしいと聞き、あきらめていた。さすがにそこまでの熱意は持てなかったのだ。
ところが、大阪公演もあると聞き、さっそくぴあの会員になり、予約。それが当日の約1週間前。それでも余裕でチケット取れたから、案外人気なかったのかもしれない。

そのころは、まだ気分は醒め気味で、まぁ、これを逃したら二度と生で見られないから、行っとくかぁ、くらいの軽いつもりだったのだが、日が迫るにつれ、どんどん気分が高揚してきて、さらに27年間の鬱憤を晴らすのだという気持ちが強まり、もうどきどきしながら当日を迎えた。
6時ごろ、会場の大阪城ホールに着いた。
入場口でチケットを見せると、このチケットは席が変更になったので、別の受付カウンターで席番を再指定する、とのこと。
ははぁ、客の入りがあまりに悪いので、2階席を締めたりしたのかな、と思ったら、やはりその通りだったようだ。
通常、大阪城ホールは楕円形の会場を縦長に使い、奥行きのある設営をしているのだが、今回は横長に使って、奥行きのない設営になっていた。
この方が、お客の入りの少なさが気にならないのだろう。
おかげで、もともと前から37列目だったのが、19列目になって、大いに僥倖僥倖。

さて、アリーナに降りると、まだ客電も明るいというのに、ステージ上ではなんか演奏していた。
「なんだ、リハやってんのかな?」
と思ったら、どうやら前座の人らしい。日本の著名なバンドのメンバーのソロプロジェクトだそうだ。
まだ客は席についてもおらず、通路をうろうろしている状況で演奏させられるというのは、なかなか厳しいものがあるな。
「どうも。ありがとう!」
などと言って、彼らはステージを降りたが、拍手もまばらだった。

引き続きNileなるバンドのステージだ。
どういうバンドかはさっぱり知らないのだが、とにかくデスメタルとかドゥームメタルとかそういう感じだ。
ごついおっさんがロン毛を振り乱しデス声でがなる。
しかもギター×2、ベースの3人とも歌うのだが、みんな同じデス声。分担する意味がよくわからない。
ドラムはずーっとツィン・バスドラの連打。
こういう音楽も嫌いではないし、やってることはコワモテだけど、なんだかメンバーはフレンドリーな感じで、結構いい感じだった。
丁度30分でステージは終わり、会場が明るくなった。

会場は、予想通り会社帰りのおっさん比率が、この種のライブとしては非常に高く、あぁ、この人たちも同じなんだな、と思う。感慨もひとしおだ。
そんな中、なかなか過激なファッションに身を包んだ若者もいる。彼らの目当ては、きっと次に登場するマリリン・マンソンなのだろう。

ほどなくマンソンのステージが始まる。
巨大なステージに降りた緞帳にスポットが当たり、センチメンタルなピアノの旋律が会場に響く。
爆音とともに演奏は始まった。
マンソンの持つマイクの下側にはナイフがくっついているようだ。金属の突起物がライトに煌めく。
しかし持参したオペラグラスで観察すると、どうも移植ゴテ(スコップっていうのか)のように見える。なんかかっこ悪いな。
曲は昔風のハードロック。全然メタルじゃないけど、こっちはかっこいいぞ。
マンソンも危ない雰囲気をぷんぷん漂わせ、小汚いジム・モリソンとか頭の悪いデヴィッド・ボウイとかそんな形容が頭をよぎる。そうそう、イギー・ポップって、こんな感じだったな。
実は彼のCDは一枚だけ持っているのだが、一度聞いて、つまらんと思ったので、今回も全然期待していなかった。ところが、実物は予想外にかっこよかったなぁ。
しかし、どういうわけか、この人はしばしば股間に手を当てて歌う。かゆいのかな?んなわけないか。これはちょっとかっこ悪い。
曲中で、客席を煽って、唱和させようとするが、いまいちノリが悪かったせいか、ちょっとマンソンはふてたような態度を取ったりしていた。その後、客席に背中を向けて歌うことが多かった。ほんとに不機嫌になったのか、そういうパフォーマンスなのかはよくわからない。
スモークがんがん焚いたり照明がぐるぐる回ったり、なかなかスペクタクルな要素もあり、楽しいステージだった。
エンディングには、冒頭のセンチメンタルなピアノと弦楽のアンサンブルが会場に流れる。なかなかコンセプチャルな雰囲気だ。
マンソンも毛嫌いせずにちゃんと聞いてみようと思った。

お手洗いに行ったり、飲料を飲んで席に戻ると、さっそく次なるメインアクト、ヘヴン・アンド・ヘルのステージ設営が始まっていた。
背景中央には巨大な喫煙天使のイラスト(レコードのジャケットのあれだ)、左右には煉瓦塀に鉄条網みたいなセットが組まれた。
あぁ、いよいよか、と思うと胸が高まる。
会場が暗くなり、SE(というか"E5150"という曲なのだが)が流る。既にこの時点で会場には地鳴りのような歓声が響き渡る。
突如、アイオミ先生のヘヴィーなギターリフが会場の空気を切り裂く。
"Mob rules"だ。
「うおぉーーーっ!」
客席全体が上下に揺れる。あぁ、やっぱりメタルのライブはこうこなくっちゃ。
みんなこぶしを振り上げるのだが、人差し指と小指を立てた独特の手の形だ。 Ronnies_hand
四半世紀ぶりにメタルの血が騒ぐ。
ロニーは小さい小さいと言われているが、ほんとに小さい。その上、細い。が、額はでかい。既に還暦もだいぶん過ぎているにもかかわらず、よく動く。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、遠目に見ると小猿のようである。
一方、先生は悠然とステージを闊歩しながら、大音量重低音攻撃で我々を攻めまくる。時折、客席に目をやり、「うんうん。皆のモノ、がんばっておるな」みたいな感じで、小さく頷いている。
オペラグラスで見ると、ヒゲがない(ように見える)。心なしか微笑んでいるようだ。
かたやギーザー・バトラーはステージの左端で直立不動でぶりぶりベースを唸らしている。
ドラムのビニー・アピスもびしびしタイトなリズムを繰り出す。
ギターソロはもはや伝統芸能と言っても差し支えないアイオミ節。SG独特のべしゃっとした音で、痙攣するが如きエキセントリックなフレーズでたたみかける。
これほど流暢とか華麗とかいう形容が似合わないギターソロもめずらしい。
怒濤の勢いで、次の曲だ。"Chldren of the sea"。
先生のもの悲しげな(だけどありがちな)アルペッジオから始まり、ロニーのこぶし回しが素晴らしいボーカル、地を這いつくばるようなリフ、この時期のサバスの代表曲であろう。

彼らの演奏を聴きながら、一生懸命彼らのコピーをしていた頃を思い出して、胸が熱くなった。
「メタルってかぁ~。だせぇ~」とフュージョン小僧に小馬鹿にされ、「アナクロやなぁ」とテクノ野郎に笑われ、「欲求不満なんちゃう」とヤンキー女に揶揄され、「おまえら旧体制に与するのか」とパンクスに罵られた青春時代が脳裏に去来する。
あぁ、来てよかった。つくづくそう思った。

その後、長めのドラムソロを挟んで、シンセのオケをバックにした先生のギターソロ。決してテクニカルではないが、唯一無二のギターだ。こんなの誰にも弾けないし、こんなの弾いたら「アイオミの真似」と言われるのがオチだ。
ソロが終わると、"Die young"。
ロニー・サバスならではのメロディアスな疾走ナンバーだ。しかしレインボーにはない重さ暗さがすばらしい。
会場は大興奮の裡に曲は終わり、ロニーの楽しそうなMC。
「じゃ、このバンドの名前になった曲をやるぜぃっ!」
「うおぉぉぉーーーーっ!!!」
"Heaven and hell"だ。
イントロのリフから会場大合唱。
「おーーおーおーおーーー」
数千人の観衆が(恐らくほとんどがオヤジだ)あのリフを大声で唱和する。
至福の一瞬である。
危うく涙がこぼれそうになった。
後半、曲は展開し、アップテンポになり大いに盛り上がった。
ここで、「どうもありがとう」とメンバーはステージを去った。

当然、アンコールがあるよね、"Neon knight"だな、と思って手拍子を打っていると、突然客席が明るくなり、スタッフがステージを片づけだした。
えぇ~、そんなんありえへん、と思ったが、ほんとにおしまいらしい。
時計を見ると10時ちょっと前。会場の制約があったのだろうか。非常に残念だ。ドラムソロ半分でよかったから、アンコールやってほしかったなぁ。

かくして27年目の遺恨は果たされた。演奏中は、「あぁ、もうこれで今日死んでも悔いはない」とまで思ったが、さすがに今日死んだら困るので、それは撤回。
でも、これで「生きているうちに一度は生で観ておきたいミュージシャン」は、あと残すところキース・リチャーズとピート・タウンジェントくらいになった。
長生きはするものである。

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2007年7月26日 (木)

人間椅子ライブ 2007/07/25 西九条Brand New

もともと友人知人以外のバンドのライブにはあまり行かないのであるが(だって、平日が多いもん)、それでもライブ情報を聞くと、平日だろうと観戦したくなる日本のバンドはいくつかある。
人間椅子は、そのひとつである。
80年代末期から活動しているので、20年近いキャリアがあるのだが、わたしが彼らを聞いたのは比較的最近になってから。
常日頃、自分のバンド(よた帝のことね)用に曲を作っているのだが、どうにも歌詞が書けない。
インストバンドの限界を感じて、歌のはいった曲を作ろうと思っても、歌詞が書けない。
そんな訳で、参考にしようと日本の(歌詞の)おもしろそうなバンドをいくつか聞いてみた時期があったのだ。
そういう時期にはまったバンドである。
人間椅子の話をすると、たいていの人は「あぁ、そういえばそういうバンド昔あったよね」という反応が返ってくる。
いや、今でも現役なんですよ~。

彼らを聴いたことのある人には、いまさらな話だけど、ここを見ている人の大半は、人間椅子って聴いたことないだろうから、ちょっと説明を。
彼らの歌詞には、江戸川乱歩、太宰治、泉鏡花、H・P・ラブクラフト、E・A・ポーなどの文学からの引用が多く(とはいえ、タイトルだけ拝借というパターンが多いような気がするが)、独特の世界観を示している(やや衒学的な嫌いはあるが)。
キーワードは、猟奇的、耽美的、土着的って感じか。
で、音は、ブラック・サバス、バッジーあたりのブリティッシュ・ハードロック風。そこに和風のメロディーが乗っかって、非常に個性的。
その上、ギターの和嶋慎司はSG弾きときたら、これはもう聴くしかないでしょう。

という訳で、ひさびさに人間椅子のライブに行ってきた。約1年ぶり、2回目。
場所は西九条ブランニュー。1ヶ月前に我々が立ったステージに彼らが立つと思うと、感無量(でもないけど)。
平日ってこともあって、現地到着は8時半。
対バンの死ね死ね団は既に終わっていた。あとでフライヤーを見ると、ちょっと聴いてみたかった気もする。
さて、フロア入り口のドアを開けてびっくり。

客席がらがら。

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我々が行くときはいつもフロア中央にテーブルを並べているのだが、今日はテーブルは取っ払って、スタンディング仕様。
そもせいもあって、お客さん、非常にまばら(^^;
総勢30~40人くらいかなぁ・・・。
ステージ前の人垣が、だいたい3重くらいで、あとはぱらぱらと佇んでいるって感じ。
バーカウンターの店員さんと
「今日、お客さん入ってないねぇ」
「平日ですからね」
「でも、一応プロのバンドでしょ?これは寂しいなぁ」
「こんなもんですよ。あ、でもちょっと少ないかな」
「アマチュアのライブの方がたくさん入るってどうよ」
「う~ん、天神祭ですからねぇ」
・・・などと客の入りを天神祭のせいにされてしまった。
しかし、「今日は人間椅子のライブだけど、天神祭あるしパス!」という判断をする人が大阪にそう何人もいるとは思えないが・・・。

なぜか、女性が多い。そうか、人間椅子て女性に人気あんのんか、などと思っていると9時頃から演奏が始まった。
オープニングSEはアイアン・バタフライの「イン・ア・ガダダビダ」。
あのうねるようなオルガンと鋼鉄なリフがブランニューに流れる中、メンバーが登場。
ベースの鈴木研一は破戒僧、ギターの和嶋慎司は古本屋の店主、ドラムの中嶋ノブはヤンキーのおにーさんみたいな風情。味わい深い。

一曲目は、「蟲」。疾走系メタルチューンである。

始まるやいなや隣に立っていた若い女性が、上半身をグラインドさせてヘッドバンキングを始めた。
びっくりした。
普通に首から上を前後に振るのではなく、中腰になって、腰を中心に上体を前後左右上下に振るもんだから、端から見てると、何か怪しいモノに取り憑かれたのではないか、という感じ。ちょっとこわい。
彼女はその後、数曲はその調子で上体振り回しをしていたが、さすがに後半はおとなしくなっていた。疲れたのだろう。 Headban_2


わたしの後ろには、どういうわけか上品な老婦人が立って、怒ったような顔でステージを凝視していた。メンバーの親類かなんかかな?

ベースの鈴木の歌は、独特の節回しとお下品な声で、唯一無二の貫禄。うまいとは思わないけど、好きだなぁ、こういうの。
さすが「虫を歌わしたら日本一」と言われるだけのことはある。
2曲目は「品川心中」。
和風メタル曲だが、これはギターの和嶋が歌う。この人の歌は線が細く、あまり聞き取れない。
演奏が爆音なので、非常に苦しそうに歌う。
途中のブレイクで和嶋の落語が入る。おりしも、ブランニューならではの電車のSE?が。
絶妙のタイミングだった(^^;

その後、意外とフレンドリーで軽妙なMCをはさみ、ステージは進行する。
今回、ブランニューってこともあって、いつもここで聴いているアマチュアバンドとホンモノのプロのバンドと、外音がどのくらい違うのか検証するというのも、今日の観戦の目的であったが、結論をいうと、あまり変わらなかった。
やっぱり低音がもこもこして全体に分離の悪い音像だった。
まぁ、3ピースで分離があまりよかったらスカスカになるから、これでいいのかもしれない。
やっぱりブランニューはメタル箱だ、との認識を深めた。

同じSG弾きとして、和嶋のギターには興味津々だったが、前回と同じで、非常にシンプルな音作りだった。
エフェクトらしいエフェクトはなし。ステージ前は人垣だったので、機材の確認はできなかったが、おそらくエフェクターはほとんど使ってなかったんじゃないかと思われる。
ひょっとしたらアンプもブランニューのを使っているのかもしれない。
いかにもSG+マーシャルという感じの、よく言えばソリッド、悪く言えば奥行きの乏しい音で、あぁ、SGだなぁ、と感慨もひとしお。
ギターソロになると、ブランニュー独特の張り出し舞台に出てきて弾きまくるのであるが、その際、ほとんど指板を見ずに弾いている。
かと言って客を見ているわけでもなく、フロアの上方の虚空を凝視しているような感じ。ちょっと変だ。彼には何が見えているのだろう?

「人面瘡」「陰獣」と最初期の名曲2連発で一旦、ステージは終了。
鈴木の「いぃんじゅ~~うぅ~~」といううなりが素晴らしい。
その後、アンコールで「大阪に因んだ曲をやります」と言って「幸福のねじ」。
これも鈴木の不吉な笑い声が楽しい名曲。

1時間ちょっとであったが、なかなか聴き応えのあるライブであった。
さすがに立ちっぱなしで疲れたので、さっさと撤収。
帰りに梅田のタワレコに寄って、またCD買ってしまった。
ポイントカードのサービスシステムが新しくなって、今までより割り引き率が下がったような気がするのだが、気のせいだろうか。

20年弱の永きにわたって、自分のスタイルを貫き通して、いまだ現役という彼らの姿勢には感服している。
コアなファンは、ちょっと新しいことをしようとすると「ポップになった」と叩き、メンバーが替わると、前のドラムがよかった、となじり、なかなかたいへんだが、今や、新しいリスナーが大幅に増えることもないだろうから、そういうコアなファンの期待に応えていくことは、営業上やむをえない判断なのかもしれない。
とはいえ、そういうコアなファンがいたからこそ、今まで続けてこられたのだろう。
ある意味で幸せなバンドではないか。日本にも、こういうバンドがもっとたくさんいてもいいと思う。
でも、案外お客さんに若い女性が多かったのはどういうことだ?不思議。

で、セットリストは以下の通り(だったと思う)。


品川心中
青年は荒野を目指す
洗礼
黒猫
死ね死ね団のテーマ
ロックンロール特急
人面瘡
陰獣
 
(アンコール)
幸福のねじ
地獄風景

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2007年4月23日 (月)

「恐怖のショック療法」

Shocktreatment_1 よくイギリスのプログレバンドの国内版CDを買うとファミリーツリーなんかふろくでついていたりするが、あまりアメリカのバンドに関わるそういうものを見たことがない。というかアメリカのバンドのCDはあまり買わないので知らないだけなのかもしれん。

あまり知らないアメリカン・ロックのファミリーツリーの中でも、わたしが知っているくらいだから、やはり有名なのだろう、ウィンター・ファミリー。
”百万ドルのギタリスト”ジョニー・ウィンターを筆頭とするその関連のミュージシャンを総称してそう言う(のだと思う)。
ブルースどっぷりのジョニー兄貴も好きだが、その懐刀リック・デリンジャー、実弟エドガー・ウィンターが組んだ「エドガー・ウィンター・グループ(以下EWG)」ってのが、むかしから好きだった。と言っても、2作しか聞いたことないんだけど。

そういえば、後に英米混成の超弩級プログレッシブハードロックバンド、「キャプテン・ビヨンド」とか「アルマゲドン」とかでドラムを叩いたボビー・コールドウェルもウィンター・ファミリーの一員だ(と思う)。あ、AORのボビコさんとは別人だってさ。

で、そのEWGの"Shock treatment"である。「恐怖のショック療法」とうい恐ろしげな邦題がつけられていたので、わたしと同じくらいの年代のロックおやじは一度くらいは耳にしたことがあるのではなかろうか。
なんか「恐怖の頭脳改革」みたいだな。
邦題とは裏腹に、ジャケはご覧の通りかなりアイドルバンド然としていて、かわいい。特にリック・デリンジャーは、当時アイドル的に人気あったしな。エドガーはちょっと怖いけど。

この作品は、学生時代、友人の持っていたレコードを借りてカセットテープにダビングしたのを愛聴していたのだが、カセットテープが再生できない現在の環境では聞くすべもない。
しかし、不意にどうしても聞きたくなって、某オークションで探してみたら。あったあった。
さっそく落札してひさびさに聴いてみた。

いやぁ~、当時からすごいと思っていたけど、やっぱりすごかった。
ハードロックありロックンロールありファンクありR&Bっぽいのもあり、非常にバラエティーに富んでいて、しかもそのいずれもがきちんとしたバンドサウンドになっていて、メンバーの力量の高さが窺い知れる。
1974年の作品だから、時代的にはイギリスのグラムロックに対抗して売れ線狙いで作ったんだろうな、と思わせるが、それがいい方向に作用しているって感じ
アメリカン・ロックにありがちな大味でだらしない感じではなく、きちんとした歌メロとアレンジで、非常にスマートである。
プロデュースはリック・デリンジャーが担当しているから、きっと彼のセンスなんだろう。
意外なことにほとんどの曲はベースのダン・ハートマンの手によるもので、ボーカルも彼が中心だ。その中で、ときどき挟まるエドガーのファンキーな曲と歌唱がいい感じのアクセントになっている。

現在、日本盤は廃盤のようだが、こういう名作を埋もれさせておくのは実にもったいない。リスナーがいい音楽に触れる機会を奪っているレコード会社の怠慢だと思う。
某大手CD通販サイトで調べてみると、中古輸入盤で\12,579なんて値段になっている。えぇ~?なんかの間違いだろ?

日本盤が廃盤ってことで、もうひとつ残念なのが、本作収録曲の当時の邦題がわからないってことだ。
ものすごくイケてる邦題だったのになぁ・・・。さすがに全部は覚えていない。
覚えている範囲では、
"Some kinda animal"が「俺たちは野獣だ!」とか
"Animal"が「暴虐と扇動の野獣たち」とか
"Sundown"が「暁のハイウェイ」とか(違ったかな?)、
もう、70年代中葉の洋楽テイストてんこ盛りで、すごくいい感じだった。
残念なことである。

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2007年3月11日 (日)

【終了】"誰"が"転石"やねん?ロックンロールショー【感謝】

過日、ここで告知した標記イベントは、滞りなく盛大に終了いたしました。
参加者の皆さま、運営側の皆さま、お疲れさま&ありがとうございました。
セッションであるにもかかわらず、非常にすばらしい演奏をたくさん聴かせていただいて、思わず主催者の一人ということを忘れて、楽しんでしまいました(^^;
あらためてThe WhoとThe Rolling Stonesのすばらしさを再確認してしまいましたよ。

比較的リードタイムの短い企画だったので、準備面で困ったりするのかな、と心配をしていたが、まぁ、そこらへんは勝手知ったる参加者が多かったので、スムーズにいったように思う。が、わたしがそう思っているだけで、総合Pのふぁっつん!氏は、いろいろ心労もあったのではなかろうか。ちょっと申し訳ないです。

当初、このはなしがあったときは、「フーかぁ。知名度のわりにあまり演奏されないバンドの筆頭だから、セッションみたいな形では成立しないのではないか」と思い、とりあえず企画ものバンドをでっちあげてミニ・ライブをするといういことでお茶を濁そうかな、と思っていた。
それで、Live at Leedsバンドを立ち上げたのである。

イベントが正式に告知されるにあたり、まぁ、だめもと気分でセッション候補曲をアップしたら、ありがたいことにエントリーされる方が多数おられ、セッション成立。
どの曲も、ずいぶん前に(高校生のころだ)コピーした記憶があるので、自分の演奏に関しては全然心配してなかったのだが、あらためて確認してみると、コピーできていたと思っていたのが、すっかり忘れていたり、全然間違っていたりで、結局あわてふためいて資料を探してきて再コピー。
この作業で、自分のギターがいかにピートに影響を受けているかがよ~くわかった。
特に開放弦を多用した妙なハーモニー感のコードは、よた帝の楽曲にしばしば生かされている。

さて、当日であるが、ひょんなことで、セットリストの作成に手間取ってしまい、演奏曲のおさらいの時間もなく、現場に向かった。そんなわけで、お約束の写真の件はすっかり失念していた(^^;ごめんなさい。
もともとセッションだから、リハーサルといってもサウンドチェックくらいで済ましておくのが正しい態度なのだが、個人的には今回の最大の難関である「無法の世界」はきっちりやっておきたかったので、8分以上に及ぶ曲であるにもかかわらず、完奏してしまった。ごめんなさい(^^;謝ってばっかりだ。
なんちゅーても、曲の構成がわかりにくい上に約束ごとの多い展開で、一旦はずすと、リカバリー不能と危惧されたのである。ところが、さすが、熟練のメンバーが集まっての演奏である。一回でなんとか形になったので、すっかり安心して本番を迎えることができた。

一曲目は、「ババ・オライリー」。
70年代初頭の曲であるにもかからわず、いきなりシンセのシーケンスから始まるこの曲は、当時としては非常にプログレッシブなものであったろう。
ネットで拾ってきたmidiデータを加工して、それにあわせて演奏するという画期的な試みをしてみた。
実は事前にスタジオでリハをやって臨んだのであるが、やはりスタジオを現場では勝手が違って、やや危ない部分もあり、ぎりぎりのところで踏みとどまった、という感じ。
やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。
でも、なんとか踏みこたえたふぁっつん!&MFCオーナーのリズムセクションはさすがでした。感謝。

そのまま、Live at Leedsバンドの演奏になだれ込む。
これはもう勢いだけでやっちゃいました(^^;
惜しむらくは、狭いBBAのステージでは、開脚ジャンプができなかったことと、今回も人間風車の空回りをやってしまったことである(また、そういうことかい)。
ふぁっつん!は、エントウィッスルばりに弾きまくり本領発揮、「フーはよく知らないんですよ」と言っておられたMFCオーナーもいつもと違う演奏スタイルながら、ムーンの破天荒な雰囲気を再現して、非常に気持ちよいリズム隊であった。お疲れさま&ありがとうございました。
「自信ないです」と弱気なことを言っていたかまどまんもよくがんばった。
次回、このバンドで演奏する機会があれば、「マイ・ジェネレイション」完全版を再現したく思っている。

フーセッションは、熟練メンバーによるさすがの演奏で、横で弾きながら、感動していました。
「無法の世界」も、途中やや怪しげなところもあったが、無事完奏。
あぁ~、これで終了!と思うと名残惜しいが、あとは客席でビールでも飲んでまったりといこう。

と、思ったら、ストーンズサイドでも、結構エントリーしていたりするので、なかなかそうも言っていられない。
「ブラウン・シュガー」で、またまたへたくそなサックスを披露したり、へたな歌をがなったり、今思い起こすとお恥ずかしい限りであるが、会場は盛り上がったようなので、ありがたいことである。

ストーンズサイドはKeithさんの見事な仕切りで、どの曲も完成度が高く、ロケンロールありバラードありブルースありで非常に楽しいものであった。
もうそのままどこでもライブできそうな感じだった。いっそのこと、このメンバーで、大所帯ストーンズコピバンでも結成したらいいのに、と思った。
そんなこんなで、あらためてストーンズの偉大さを認識した夜であった。

次回BBAプロデューサーナイトは5/12「エイジア&TOTO」で決定した。
これも詳細は近日中にアップされるようなので、楽しみな話である。
4月にメタルセッションという噂もあり、こっちも気になるなぁ~。

あ、それから次回よた帝ライブも6/24で決定です。
西九条ブランニューです(また大阪だなぁ)。よろしく~♪

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2007年3月 9日 (金)

"誰"が"転石"やねん?ロックンロールショー

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京都は北山の閑静な住宅地の中にあり、夜な夜なロックな人々が集い、悲喜こもごものセッションやライブを繰り広げているナイスなライブハウス”BBA”で標記イベントが3/10に開催される。見ての通り、The WhoとThe Rolling Stonesの名曲を演奏するというセッションイベントである。もちろんわたしも参加する。
というか、主催者の一人として名を連ねている。

いやぁ、ピート・タウンゼントに憧れて、はや20数年、やっとThe Whoの名曲の数々を演奏できると思うと、感無量である。
参加者の皆さまのおかげで、なんとかイベントは成立しそうで、ありがたいことである。この場を借りて御礼申し上げます。

演奏に参加せずとも、聞きに来るだけでも十分楽しめる内容だと思いますので、ここを見ている人はぜひ来てね~(^^)
セットリストは以下の予定です(順不同)。好きな人にはこたえられないと思う。

第一部(ザ・フーサイド)
前半戦(名曲選)
 Baba O'riley
 Behind blue eyes
 I can see for miles(恋のマジックアイ)
 The acid queen
 Pinball wizard (ピンボールの魔術師)
 Won't get fooled again (無法の世界)
 I can't explain
 Kids are all right

後半戦(ライブアットリーズより抜粋、固定メンバーによる演奏)
 Yong man blues
 Substitute(恋のピンチヒッター)
 Summer time blues
 My generation~See me feel me

第二部(ストーンズサイド)
 Start me up
 Brown sugar
 Tumbling dice(ダイスをころがせ)
 Happy
 Honky tonk women
 Angie
 Wild horses
 Gimme shelter
 Sympathy for the devil(悪魔を憐れむ歌)
 Jumping jack flarh
 (I can't get no)Satisfaction
 Let't spend night together

イベントの実施要領は以下の通りです。

Producer:ふぁっつん
Co-Producer
 Who side:よたろう皇帝
 Stones side:Keith

料金
 呑み放題コース:4000円
 キャッシュオン:2000円 (2drink付)

演者の入時間、16:00
希望者はリハーサル有、

17:30 OPEN
18:00 START

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2007年1月 6日 (土)

ビートルズ"Love"に思う。

ひょんなことで、近所の大手CD屋さんに行く用件があった。
そこで、ビートルズ最新作"Love"の試聴盤があったので、今さらながら、さわりだけ聴いてみた。
本作がどういう経緯で発表されたのか、よく知らないのだが、なんでもとある舞台芸術に使うためにジョージ・マーティンとその息子が既存音源を編集して作ったものらしい。
既存音源を編集して作ったものが「最新作」と言えるのかどうか、ビートルズ音源事情に疎いわたしにはよくわからない。
聴いた感想は、「わざわざこんなことせんでも・・・」というのが正直なところ。まぁ、こういう野暮なことを言ってはいかんのだろう。

ところで、ちょっと興味深かったのが、試聴機に飾られていたポップというか宣伝ディスプレイの文句である。
「ビートルズはいつも『Love』をテーマに歌ってきました」「これを聴いて、青春の思い出にひたってね」みたいな文言(うろおぼえだが)が手書き文字で賑々しく書かれている。
「青春の思い出」云々については、まぁ、購買層をそのあたり(いわゆる団塊世代ってヤツ?)に絞ってのコピーだろうから、理解できなくもない。
しかし、「いつも『Love』をテーマに」というのは、どうなんだろう。

ビートルズの全歌詞における単語の出現頻度を統計とって調査したら、おそらく「Love」はかなりの頻度で出現しているのだろうし、実際、愛だの恋だのを歌った歌が大半である。まぁ、ポップソングなんてそんなものだろう。

よく指摘されることだが、ジョン・レノンは「愛と平和の戦士」みたいなイメージが先行して、ミュージシャンとしての正当な評価を妨げてる、などと言われる。それもその通りだと思うが、そういうレノンのイメージを商売のネタにしている人が世の中にたくさんいるわけだし、消費者もそのイメージを大事に思っているのだから、それもそれでいいのだろう、多分。

そこで、ふと思ったのが、いささか唐突であるが、ビートルズと手塚治虫のパブリックイメージの類似である。
両者とも、「愛」とか「平和」とか、そういうポジティブ(で健全)なメッセージばかり発信していた創造者というイメージがあるように思われる。さらに、両者とも、既に過去の人でノスタルジーの対象になっていることも同様である。

ビートルズも手塚も、全然分野は違うが、その世界において革命的な業績を残し、さらに後代に与えた影響の大きさ深さは絶大なものがある。多少なりとも彼らの作品にまじめに向き合った人なら、彼らの発するメッセージがそういう一面的な文言で総括しきれないのは、すぐにわかることであろう。というか、優れた創造者は、言葉で総括できるようなメッセージを伝えるために作品を作っているわけではない、と思う。
産み出された作品からメッセージを読み取り言葉に置き換えるのは評論家に任せておいて、われわれは創作物を受け止めて、その表現(音楽なら音楽として、マンガならマンガとして)を味わい、楽しむのが正しい向き合い方ではないかと思う。

・・・てなことを書いていて、昔々に読んで、いまだに心に残っている言葉を思い出した。もう30年以上も前のことだから細かいところは曖昧だが。
作曲家の諸井誠という人がJ・S・バッハについて語ったものである。バッハの作品をポピュラー音楽に転用すること(おそらくプロコル・ハルムの「青い影」を指しているものと思う)に、世の識者は「冒涜」だと眉をひそめる向きがあることを指摘し、それに続いてこのようなことを述べる。

盲人に象の尻尾を握らせて「これが象だよ」と教えると、その盲人は「象とはこのように細長い紐のようなものなのか」と思う。ロックにアレンジされたバッハのメロディーを口ずさむサイケな衣装を身にまとった少女たちはこの盲人のようなものである。
しかし、大バッハの偉業は、それによって貶められることはいささかもない。どのようにアレンジされても、解体されて再構築されても、ゆるぎないのがバッハの偉大さなのだ。
われわれは象の尻尾を振り回しながら、バッハへと至る道を歩み続けるのだ・・・。

う~む、いつもながら、よくわからない文章になってしまった。
で、結局、"Love"は買ってないです(^^;

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2006年12月22日 (金)

六合ライブ at Muse Hall in Kyoto 2006/12/21

2週連続の六合ライブ観戦である。
個人的には、前回は音響面で、やや不満が残る(というか、六合の魅力を伝え切れてないな、と感じる)ライブだったので、今回はどうか興味津々で出撃した。
Museは、ハコそのものは広くて、開放感があるが、低音がもこもこする傾向があるので、そのあたりをどう対処しているのかも、気になるところであったわけだ。

もう少し早めに現地着の予定だったのだが、結局着いたら前のバンドの演奏は終わっていた。残念。
この日は、椅子机は隅に追いやられ、中央が広く空いたスタンディング形式。
しかし、お客さんが少ないので、やや寂しい。
いつも思うのだが、ホールの中央後部のスペースを物販席にしてお客を排除しているのはいかがなものだろうか。あそこのカウンターテーブルあたりが音のバランスもよく、ステージ全体も見渡せて、一番の特等席だと思うのだが・・・。
結局、フロア前方のテーブルのところに立って観戦。

さて、この日の六合であるが、今回も客席に背を向けての演奏スタート。
ギターもバランスよく聞こえ、演奏の輪郭がくっきりと・・・と言いたいところだが、案の定ベースがもこもこした音になっていて、ボトムがぼやけてしまったのが非常に残念。
演奏そのものは、すごく勢いがあってよかったんだけどなぁ~。
つくづくライブでの音作りの難しさを感じた。

本日初披露という大作を織り交ぜて(リフがブラック・サバス風だな、と感じたのはやはり歳のせいか・・・)、1時間近くあったステージであったが、一気に聴かせてしまうところはさすが。あっという間に終わってしまった。
前回はよく聞こえなかった新加入の南氏のギターもよく聞こえ、ギター2本のアンサンブルの効果が発揮されていた。
一見、水と油のような両者のスタイルの違いを上手に役割分担させ、楽曲のイメージを膨らますアレンジであった。
フロント3人の連獅子が如きヘッドバンキングも、視覚面での効果絶大。
これでベースがくっきりと聞こえたら・・・と思うと、まことに残念であった。

後に予定もあったので、帰り際によた帝のデモを受付のお姉さんに渡して、さっさと退散。

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2006年12月15日 (金)

六合ライブ at Mojo in Kyoto 2006/12/14

ひさびさに六合のライブを聴きに行った。
この日は7バンド中、出番がトリなので、時間の余裕があって、行きやすかった。

ギターが交代して、初めてのライブということで、どのような変化があったか楽しみにしていた。
ただ、休止直前の数回のライブは諸事情で観戦しなかったので、ごく初期のころとしか比較できないので、ちょっと残念ではあるが。

Mojoというのは、オールスタンディングで、まぁ、若モノ向けのライブハウスで、わたしのようなオヤジが行くと、微妙に浮いてしまう。店内に入ると、「神風ボンバーズ」という千葉から遠征に来たバンドの演奏が始まるところだった。。
かなり暑苦しい演奏と歌だったが、非常によくまとまったいいバンドだと思った。特にリズム隊のコンビネーションは、なかなかのものだ。ボーカルの人の煽りが、やや類型化されたありがちなものだったが、熱血ぶりは好ましい。これからも、がんばっていただきたいものである。

さて、そうこうするうちに、我らが六合の演奏が始まろうとするころ、見知った方々がやって来た。一気に店内の平均年齢が上昇したようである(^^;
最初は、メンバーが客席に背を向けて演奏開始。
一曲目から爆音全開で、非常に潔いオープニングだった。が、ちょっとドラムの音がへこんでいる感じ。それと、2本のギターの音量バランスに、いささか問題あり。新加入の南氏のギターがあまり聞こえない。ぼじお君の新機軸ドラムセットをよく見ておこうと思って、ステージ下手のモニターのまん前に陣取ったので、そのせいかもしれない。
ドラムの音に関しては、曲が進むにつれ改善されて、どんどん前に出てきて、彼らの持ち味である、リズム隊のゴツゴツしてるけどしなやかなところがよく聞こえてOK。
新曲で、やや危なげなところも見えたが、やはりバンドの勢いが凄まじいので、一気に楽曲の世界に引き込まれてしまう。
さすがだ。

途中、エスニックな演奏を交えて(ぼじお君の新兵器が効果的)、新面性を見せつつも、全体にチカラわざで寄り切ったという印象。
やはりハコの音響のせいか、ラウド感?が強く、この日は「オルタナ六合?」であった。これまたモニターのまん前で聴いていたせいかもしれない。
しかし、晋平氏のMCにも見られるように、非常に自信に溢れた演奏で、なるほど、これが「新生六合」の姿なのか、と納得。
これからのさらなる進化が楽しみである。

さすがにモニターまん前での観戦は、どっと疲れが出て、そそくさと退散。

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2006年11月29日 (水)

Porcupine Tree Live at Zepp Osaka

最近、わたしの周りで結構評判になっているPorcupine tree(以下PTと略)のライブに行ってきた。
今回の日本ツアーは、かのRobert Fripp翁が前座でついて回るとのこと。とはいえ、まったくのピンで演奏するってことは、すなわち「サウンドスケープ」をやる訳だから、それほど聴きたいわけではない(^^;
先日、PTのCDを買って来て聞いてみたら、いや、結構いいじゃないの。
CDの帯に「キング・クリムゾンのロバート・フリップも絶賛」とか書いてあるし、初期には「90年代のピンク・フロイド」などと称されたようである。
ところが、オフィシャル・サイトの試聴音源を聞いてもちっともフロイドっぽくないし、どうなんだろう、と思っていた。
CDを通して聴いてみると、70年代プログレ臭はほとんど感じられず、リフの雰囲気は90年代のオルタナとかグランジっぽくさえあるへヴィーネスである。
ところが、歌メロが叙情的なものが多く、そのあたりがフロイドになぞらえられた所以かもしれない。
曲は、プログレっぽく展開が激しいのもあるが、あまりこけおどし的な技巧は弄せず、楽曲を丁寧に作り上げている、という印象であった。
という訳で、ちょっと期待して行ってきました。

とはいえ、会場のZEPP OSAKAといえば大阪の中心街から離れた南港エリアにあるライブホールである。平日の午後7時に現場着はどうも困難である。しかし、今回は前座にフリップ翁が出演するわけだから、多少遅れていってもPTは聴けるな、と思い(おいおい)出撃した。
案の定、会場着は午後8時、ちょうどPTの演奏が始まったところであった。フリップ翁の演奏には間に合わなかったのだ。一時は「心の師」と仰いだギタリストだから、やや残念に思うところもあったが、まぁ、「サウンドスケープ」だから、いいか。
ライブでのPTはCDで聴かれる繊細な感じはなく、かなりロックしていた。曲によってはメタルかと思わせるほどだ。ただ、ボーカルが線の細い感じなので、あまり粗暴な印象は受けない。つい先日CDを買って、2~3回しか聴いてない新参リスナーにとっては、中盤ちょっと退屈な部分もあったが、後半2~3曲はテンションも高く、非常にかっこよかった。
「乱暴なリフと叙情的なメロディの組み合わせ」というのは、実は自分的にも、作曲上のテーマのひとつなので、非常に刺激を受けた。次回よた帝の新曲はPTみたいな曲になったらどうしよう(^^;

終演後、会場に来ていたBrendaさんとぼじお君と合流して、梅田まで戻り、先日のRAGプチ慰労会を行う、っても、お好み焼き屋さんで30分ばかり飲み食いしただけだが。いろいろプロデューサーとしての苦労話を聞かせてもらって、改めて彼の苦労を偲んだ。当然ながら電車の走っているうちに散会。

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2006年11月28日 (火)

BHMに思う。

先日の記事では、自分のことばっかり書いたので(予想外にたくさんのコメントをいただき、びっくり)、ややタイミングを逸している感もありますが、バンドとしてのBHMについての感想も書きとどめておこうと思います。

結成の経緯などについては、Brenda@バンマスのブログに詳しいので、省略しますが、人選に関してはバンマスに任せっきりだったので、9月にメンバーが確定するまでは、ややヤキモキしておりました。
決定したメンバーの顔ぶれを見て、あぁ、これはいいバンドになるな、と予感できました。同時に、このメンバーだったら自分も相当がんばらんとあかんやん、というプレッシャーも感じたわけです。

9月下旬にメンバー決起集会を開き、モチベーションはあがりまくり。そしてBrenda☆night@BBA終了後、10月上旬に初めてスタジオで音を出したときに早くも「あぁ、これでOK」と安心してしまったり。
一般に言われることですが、バンドの骨格を形成するのはドラムとベースのコンビネーションです。これがしっかりしていないと、どれだけボーカル、ギター、キーボードなどウワモノががんばっても、ダメなバンドにしかならないと思っています。
ところが、リハ初日にして、まだまだ粗っぽくはあるものの、非常にs@moさん、てりいさんのコンビネーションがいい感じに仕上がってきました。てりいさんのハードヒッティングでぐいぐいバンドを引っ張るドラミングとs@moさんのどっしり落ちついたベースプレイ、キャラの全然違う両名が、いい感じのコンビネーションになっていました。確かにクィーンのリズム隊とは趣が違いますが、こういう勢いがあって、なおかつ重量感のあるリズム隊は、貴重です。今だから言えるけど、この時点で、バンドとしての成功を確信したね。同時に、「うわ、ちゃんと弾かんと負けてまう」と自分にプレッシャーがかかったのは言うまでもないですが。

その後、キーボードの前滝さんを迎えて、リハを重ねました。前滝さんのピアノプレイの美しさは以前から聞き知っていましたが、シンセを弾いても、すごくクリエイティブでアグレッシブなプレイをしてくれるので、ちょっと意外かつうれしかった。やはりギター一本では、演奏が寂しい部分が多々あったのですが、キーボードの加入で、ぐっとゴージャスさを増してねぇ。このように、リハを重ねるごとにどんどんよくなってくるのですが、それに比例して完成形のハードルがどんどん高くなっていきます。もうちょっとここをこうしたらもっとよくなる、あそこはああしたらいいんじゃないの、などと意見交換しながら、演奏を作り上げていく過程は、非常に楽しいプロセスでした。そんな中で、わたしの機材がインフレ的に増えていったのも、ある意味当然だったのかもしれません。

11月中旬のリハで、ほぼ演奏は固まって、最後は演出をどうするのか、が問題となりました。Brenda@バンマスが「我々のステージは、ただのクィーンのコピバンのライブではない。ひとつのロックショーであるべきなのだ」というコンセプトのもと、イタイMC(本人談)を考えてきました。確かに一見、イタイのですが、今回演奏する楽曲のイメージを最適に表現できる演出だったと思います。"Tenement funster"なんて、普通に演奏したら普通の曲だからねぇ。
そのあたりのバンマスのこだわりは、リハでも感じられました。それぞれの曲で、主人公になりきってキャラを変えて歌う、という七色ボイスの持ち主ならではの技を聞かせてくれました。

そして当日を迎えます。
当日の模様は、先日書いた通りなので、繰り返しません。とにかく燃え尽きました。
おかげさまで、いろいろな方々にほめていただいて、普段あまりほめられることがないので、たいへんありがたいことです。

"Brighton rock"を演奏する以上、ギタリストが目立ってしまうのは、しかたないことですが、あの無伴奏ソロに行き着くまでの展開で、徐々に盛り上げていく過程があって、初めてあの無伴奏が生きてくるわけです。そこに至るまでの、あの変則的なキメをびしっと決めてくれた強力なリズムセクションの役割は大きいです。ステディなs@moさんのベースに安心感を抱きつつ、ぐいぐいと演奏全体をドライブさせるてりいさんのドラムに煽られて、ギタリストのテンションが高まっていくのです。だから、リハのときは、テンションがあがらないと、ダメダメなソロしか弾けず、バンマスを不安のどん底に突き落としていたのは今だから書ける(^^;

それと、ラストのBRの直前、"Lily of the valley"で耽美なフレディの世界を表現してくれたBrenda@バンマスと前滝さんの見事な歌唱、演奏(さらに抑制されたリズム隊の演奏)があってこそ、その直後のブライアンのハードな世界が際立って盛り上がっちゃう、って感じだと思います。
さらに、BR前のバンマスのMC。もう客席が水をうったかのように静まり返っていて、うれしかったなぁ~。「つかみはOK!」って感じでした。

ありがたいことに皆さんに今回の演奏が評価いただけたのも、バンド全体で、あの絢爛で豪快なクィーンの世界を表現しようと意識を統一できたからだと思います。
それから、無伴奏ソロ演奏中に、ステージ上の音はギターしか聞こえない中、客席からの声援がよ~く聞こえて、それでまたアドレナリンが放出されて、自分自身の実力以上の演奏ができたのではないかと思います。

そんな訳で、今回、個人的には、RAGのクィーンイベントの引退を飾るにふさわしいパフォーマンスができたのも、熱意と技術に溢れたバンドメンバーたちと、熱い声援をくださったお客さま皆さんのおかげと、この場を借りて御礼申し上げます。
ご声援ありがとうございました。

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機材の話など。

日の記事で、25日のライブでのわたしのギター関連機材について、いろいろ書いてみたら、なんとなくちゃんと記録に残しておきたくなったので、ついでに詳細を書き留めておこう。

興味のない人には、どうでもいいことなんだろうけど、そもそもこのブログはそういうスタンスで書いているから、いいんでしょ、きっと。

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まず、この写真が、今回のエフェクター群の全体像である。

全部で12個もあるなぁ~。一度に持ち運ぶエフェクターの数としては、まぁ非常識な数だな。しかもマルチが2台もあるし。まぁ、とにかく重い。練習のとき持ち運びがたいへんだった。本番直前リハや本番当日は、この上、あのかさばる衣装まで持ち歩いたのだから、われながらご苦労なことである。

まず右側が先日の記事でA系列と書いた一群を中心としたものである。

ちなみに、左下の雪駄は、当日本番で使用したものである。直前リハで判明したことであるが、足袋を履いてこの雪駄を着用すると、足袋がすべって雪駄が脱げてしまう、という問題が発生した。結局、この問題は足袋と雪駄をマジックテープで固定する、といういかにもエフェクターボード的発想で解決した。

下の写真は、右側のボードの詳細である。実はこのボード、ジャスコで売っていたコルクボード(壁掛け式掲示板に使うものだ)に近所の手芸店で買ってきたフェルト状の布を張った自作のエフェクターボードである。材料が材料だけに、非常に安価で(総額2000円くらいかな)、かつ軽量である。これだけのエフェクターを使用するので、持ち運び、セッティングを効率的に行うためには、ボードの上に乗せて持ち運ぶ必要に迫られて、製作したものである。これで、リハにおけるバンマスの不安がやや解消した(^^;

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ギターの出力からつないでいる順番に説明しよう。まずギターから出したケーブルは右側ボードの右下部のRocktron社製Nitroなるブースター(黒いハコに赤い模様の描いてあるヤツ)につなげる。次に右上部のVox社のOver the top boostという真空管入りのオーバードライブ(青く光っている部分が真空管だ)、その次に左側のSobatt社のDB-1、お気に入りのディストーションにつなぐ(結局DB-2は「フリック・オブ・ザ・リスト」のソロでしか使用していない)。ここまでは、基本の歪み系のエフェクター群である。

そこから出力した信号は次に、VoxとRocktronの間にあるA/B box(Executive soundなるメーカーの製品)により、分岐される。もともとA/Bの系列の切り替えはこれを使おうと考えていたが、結局、ボリュームペダルを使用することになったので、A+Bだけでよかったことになる。

ここで2系列に分けられた信号はそれぞれのエフェクター群に送られる。

A系列は、次に右ボードの左下部にある大きいマルチエフェクター(Korg社のToneworks AX1500G)に送られる。これは大分前に買ったものである。今回はこれを使うつもりはなかったのだが、ピッチシフターを2台使い、その上、曲中で、設定(和音を形成する音階)の変更が必要だったので、コンパクトのピッチシフターでは対応できなかったのである。このマルチは1バンクあたり3つのパッチが設定できるのであるが、バンクの切り替えが結構面倒な操作になるので、今回はひとつのバンクで済むように設定した。また、このエフェクターは、バイパス状態にするのにスウィッチを0.5秒間踏み続けなければならないとう設定になっている。ということは、エフェクト状態からエフェクトのかかっていない状態になるまで0.5秒のタイムラグが発生するということである。それは困る。0.5秒と言うと、bpm=120の曲であれば、8部音符一個分、すなわち半拍分である。そんなに遅れたら、「キラー・クィーン」のソロがひどく間抜けなものになってしまうではないか。エフェクトをオフにするタイミングより0.5秒早くスウィッチを踏めばいいってことになるのだが、そんな器用なこと、実際にはできまへん。そこで、使用するバンクのうち、ひとつのパッチはエフェクトなしの設定にしておいた。こうしておくと、スウィッチをちょんと踏んだら一瞬でエフェクトをオフにできる。

そんな訳で、マルチとはいいながら実際にはピッチシフターとしてしか使用していないのであるが、実は「キラー・クィーン」では、ギターのハモリが原音-4と原音-5(いずれも半音階で)と2通りが必要になる。従って、設定されたバンクでは1.原音-4、2.原音-5、3.エフェクトオフというパッチを登録しておいた。A系列では、次にAX1500Gの真上にある白いBoss社製のディジタル・ディレイ(DD-5)につながる(「テニメント・ファンスター」のイントロで使用)。ここから左側のボードにケーブルは伸びている。

一方、B系列でるが、A/B Boxから出力された信号は、左側ボード左上部にある黒いマルチエフェクター(Korg社のToneworks AX10G)につながる。

これはフットスウィッチを踏んだ回数だけパッチが切り替わるという安物にありがちな設定なので、使い勝手はよくないのだが、実は10年近く愛用している。結構飛び道具系でおもしろい機能があるのだ(ペダルでピッチを±24の範囲で可変させるというエフェクトはなかなかおもしろく、以前、プログレコピバン時代のよた帝で演奏した”Elephant talk”や”In the dead of night”で、「象の声」や「アナログシンセ風ポルタメントソロ」などの特殊効果に使用していた)。今回は、このマルチは「ループ」「ピッチシフト-3」の2つのエフェクトで使用した。ループは「キラー・クィーン」の最後で、演奏終了後に、フェイドアウトしていくギターのシーケンスを再生するのに使ったのであるが、気がついた人はいるかな~?あまり効果のないエフェクトだったな。ピッチシフトは「谷間のゆり」でのギターオーケストレーション再現に使用した。A系列で-5の和声、B系列で-3の和声をならして、さらにB系列ではオクターブ下のくわえ、最大4声の和音再現を試みたのであるが、ピッチシフターが全然インテリジェントでないので、ところどころ不協和音になってしまうのが残念なところ。

下の写真は、左側のボードの詳細である。こっちは普通のエフェクターケースのふたを使用している。右から順にA系列のAX1500GからつながるDanelectro社製のフランジャーFAB、その後ろにつながるBoss社製のボリュームペダル、B系列の最後につながるボリュームペダル、AX10GからつながるBoss社製ピッチシフター/ディレイPS-2、Boss社製フランジャーHF-2である。

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ちなみに、ボード外に陳列しているエフェクター群は、今回入手したが、結局本番では使われなかった気の毒なペダルたちである。右から順にDOD社製のプリアンプ/オーバードライブ、Danelectro社製のオーバードライブ、Boss社製のディレイ/サンプラーDSD-2、PSK社製のフランジャーである。DODは結局使わなかったが、直前まではこれでいこうと思っていたくらい、いい感じだったので、今後、手軽なセッションなどでは使用する機会もあるだろう。

まずDanelectroのフランジャーであるが、これは過激なフランジング効果は出せないが、非常に上品にエフェクトがかかる。フランジャーというと昔に使っていたBoss社製のBF-1がひどく音やせしたもので、そういう先入観があったのだが、これはちゃんと原音を損ねないので、いいものだと思う。これは「キラー・クィーン」と「テニメント・ファンスター」で使用した。

A系列は、その後にボリュームペダルをつないで、アンプに出力して終わり。ボリュームペダルは「谷間のゆり」での音量調整に使用した。

AX10Gから出力されたB系列は、まずBoss社製のPS-2につながる。このペダルが今回のエフェクター集団の中での最重要ポイントになるものである。これはピッチシフターとディレイが切り替え可能な設定になっている。ところがピッチシフターのピッチシフト量調整はディスプレイもないのに、あの小さいつまみで調整しなければならない(またこのつまみがアナログなのよね)。ライブステージ上における設定の変更は間違いなく不可能である。入手したときは「あぁ、こりゃ使えんなぁ」と思い、しばらく除外していた。しかし、意外な使用法が見つかり、めでたく復活したのである。先般も書いたとおり、「ブライトン・ロック」「テニメント・ファンスター」でギターソロのディレイ音をどうしてもステレオで出力したかったので、いろいろ試みたが、案外むつかしい。右側で使用しているDD-5は、そのために入手したのだが、結局うまくいかなかった(なんで使えないペダルを次々買い込むのか訝るむきもあるだろうが、ほとんどのものは某オークションで落札した中古品なのである。つまり買ってみなければわからない状態なのよ。事前に楽器屋さんでちゃんとリサーチしておけばよいのにね)。

どうにも「テニメント・ファンスター」のイントロのギターアルペジオがへたくそだったので、「これはディレイでごまかすか」と思い、お蔵入りになっていたPS-2をディレイとして使おうと思ってよくよく見ると、ななななんと、一番左のバランスつまみを最大に回すと、エフェクト音のみが出力される設定になっているではないか!というわけでこの問題は解決。ところが、このペダルは他の曲ではピッチシフター(といってもオクターブ上下を鳴らす設定にしている。これだと細かいチューニングが不要なのだ)として使用することにしたので、頻繁に切り替えねばならない。それを忘れていると、さぁ、「ブライトン・ロック」ギター・ソロだぁっ!と盛り上がったときに、あのディレイ音が鳴らないってなことになり、そうなると、盛り下がること間違いない。その上、恥ずかしい。実はリハで何度かそういうことがあり、その度に、メンバーの冷ややかな視線を感じながら「あれ?おお、エフェクターの設定が間違っている!」などと言ってボードの前にしゃがみこんでしまう情けない皇帝に「本番までにはちゃんとしてよねっ」と言い放たんばかりにため息をつくBrenda@バンマス、というシーンが見られた。今だから言える話だなぁ。で、その対策として、こんなことをした。

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曲目ごとに設定をメモして本体に貼り付けたのである。まぁ、工夫というほどのものではないが、これで間違いはなくなった。上の写真でわかるかと思うが、同じようなことをほぼすべてのエフェクターにしている。どの曲で使うか、つまみの位置はどこか、などが一目でわかるようにしている。もう憶えきらんのだよ、ぼけちゃって(ToT)

で、次にBoss社製フランジャーにつながる。B系列は主にエフェクト音を出力することになっているので、こっちのフランジャーは、過激なフランジング効果のかかりそうなものを入手した。

最後は、こちらもボリュームペダルに通して、音量調節をする。こうしておけば、曲間の余裕のあるときに設定しておいて、ここぞというときにボリュームを上げてやればよいので、曲中焦りながらエフェクターを踏みかえることなく、エフェクト音を調整できる。ペダルのスウィッチって小さいから踏み間違いしそうだけど、ボリュームペダルは、これだけ踏む部分が大きいと、なかなか踏み間違いをしなくていいぞ。われながらお利口なやり方だ(^^;

実は最初はボリュームペダル1台でこなすつもりだったが、オークションにありがちな入札の失敗でダブって落札してしまったのである。しかし、結局は、「谷間のゆり」でAB両系列とも出力しながら音量調節をする必要が出てきたので、まぁ、ケガの功名ってやつか。

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・・・と、まぁ、このように試行錯誤を繰り返し、今回のセッティングに辿り着いた訳であるが、その過程では、つなぎ順と曲中どの部分でどのエフェクトを使用するかを整理しながら検討していった。上の写真は、その検討資料である。こういうのを作っては実際につないでみて、音を出してはやり直し、なんてなことを、秋の間中繰り返しやっていた訳です。われながらご苦労なことだ。

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2006年8月27日 (日)

Djamra Live at RAG

日中は相変わらず暑いが、朝夕はちょっと秋めいてきたかな、と無理やり思って過ごす8月最後の週末。昼間は、新曲のデモの歌録りにスタジオ入り。曲数の割りに時間が短かったので、やっつけ仕事でぱっぱっとと録ってしまったが、後で聞いてみると、こりゃひどい。いくらバンド用デモとはいえ、これでは、何を歌っているのかわからんがな。

Mudmen 夕方から標記ライブを聴きに出かける。まず三条京阪のBOOKOFFに立ち寄る。なにかめぼしいものは・・・と、なんと諸星大二郎「マッドメン」の創美社版(大判)が上下セットであるではないか。ところが、実は先日この文庫版をオークションで落札したところなんだよなぁ(実は創美社番と勘違いして落札したものだ)。しかも、中公文庫の「完全版」も持っているし・・・。同じマンガを三冊も持つのもいかがなものかと思い、断念した。悔しい。

その後、京阪三条の地下の駅前にあるドトールコーヒーに行って、遅い昼食(と言ってもホットドッグなのだが)を摂る。食べている最中にソーセージがつるんとすべってパンから飛び出した。とっさに左手で落ちかけたソーセージをつかみ、ことなきを得たが、あのまま床面に落下していたら、さぞや悲憤慷慨したことであろう。普段はゆっくりとしか動作しないわたしであるが、こういうときは非常に機敏に反応できる。先だっても似たような状況で機敏な反応を示したが、どういう状況だったかは忘れた。確実に記憶力が低下している。老化が進行しているのだ。

Djamralive さて、Djamraのライブであるが、先日のファンダンゴでの企画モノとは違い、本来のアグレッシブで、かつちょいと軽妙なジャズロックを聞かせてくれた。いやぁ~、かっこよかったなぁ。「もう~、なんでそこまでやるのぉ~」という感じの怒涛のユニゾン、高速サックスソロ、一聴しても、さっぱりわからない変拍子の嵐(でも気持ちよい)。あとでベーシストでリーダーの中来田氏に話をうかがったら、現在のメンバーは史上最高の結束を実現しているそうで、なるほどと思わせる。ライブの映像を載せてみますが、暗くてよくわからないね。

ほかのバンドにも触れよう。最初は東京から来たと言うkn(i)tというジャズバンド。Djamraのメンバーとも交流があるようで、Djamraのメンバーが参加してセッションのようなこともしていた。この日はレギュラーメンバーのキーボードが不参加とのことだが、そういうハンディはまったく感じさせない。やはりジャズのプレイヤーのフレキシビリティというのは見事なものだ。

2番目がDjamraで、3番目がこの日レコ発ライブという山賊スマイル。ジャズロック風インストで、なかなかおもしろかったが、なんせ一つ前がDjamraだったので、ちょっとインパクトが弱かった。残念。

最後はフナ橋というソウル・ファンクバンド。これまでジャズっぽくインストバンドばっかりだったので、新鮮に感じた。演奏もしっかりしており(熱い!)、ファンクに対する愛情が伝わってくる演奏であった。もうのりのりで終了。

Djamra3 終演後。中来田氏からDjamraの3rdCDを購入。当然メンバーのサインをしてもらう(最近、こいう場でCDを買うときは必ずサインをしてもらっている)。

そのサインをしてもらったのが、中ジャケなのだが、その写真がまた秀逸で、思わずのけぞってしまった。ちょっとわかりにくいが、メンバーがさらし首になってるんですよ。また、各人の表情がおもしろい。

Djamra31

終演後、同行いただいたB姐と、しばしこの秋のBBAおよびRAG対策について議論し、四条通りまで徒歩移動し、散会。

四条通りからだったら歩いてでも帰れるな、と思い、歩いてみたら、案外楽に帰れた。ちょっと涼しくなってきたからか、酔っ払っていたからか。

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2006年8月21日 (月)

日本の夏、産業ロックの夏

毎日暑いなぁ~、なんてことを言っているうちに、はや8月も20日を過ぎてしまった。そろそろ秋の気配が感じられるようになるかと思いきや、まだまだ日中はもちろん夜になっても暑い日々であることよ。

という訳で、標題のライブイベントを見に京都は北山BBAに出撃した。地下鉄の北山駅を降りたのが6時40分ごろ、そろそろ日没というのに、非常に蒸し暑い。汗をかきかき徒歩15分、BBAに着くと、丁度演奏が始まったところだったようだ。本日の出演者は、

FOREFINGER (Foreigner)
BON VOJI (Bon Jovi)
T.I.M. (BOSTON)

の3バンド。いつものセッションとはいささか趣が異なり、いずれもバンドというスタンスを維持しているので、びしっと決まった演奏を聞かせてくれた。とはいえ、ほとんどの演者が顔なじみという状況なので、それはそれでなごやかな雰囲気であった。

まず一番目はボストンのコピーバンドT.I.M。ボストンってドントルックバックくらいしか知らんなぁ、と思っていたが、演奏された曲は、どれもなんか聞き覚えのあるような気がしたので、やはり我々の年代には原初体験として刷り込まれているのであろう。ボストンといえば、あのトム・シュルツのダビングの嵐による分厚いギターサウンドと東海岸バンドらしからぬさわやかなコーラスなのだが、少ないメンバーで、手堅く再現していたように思う。本来のギター担当の方が急遽不参加になったらしく、たいへんだったろうと推測するが、そういうハンディを感じさせない演奏であった。

さて二番目は、以前客演したこともあるフォリナーのコピーバンド、フォアフィンガー。産業ロックと言いつつも、やや地味な感じのあるフォリナーであるが、軽妙なMCとしっかりした演奏で、観客を楽しませてくれた。セットリストのうち、大半は以前から演奏している曲なので、なんら不安なところのないステージであった。

トリをつとめるのがボン・ジョビのコピーバンド、ボン・ヴォジ(と読むのかな?)。こちらは女性コーラス3名を含む大所帯で、また本日の演目の中で一番ハードロック的である。賑やかで、お祭り的な雰囲気で、これまた観客もおおいに盛り上がった。ボーカルの人がずいぶん若い人だったので、MCのたんびに客席の常連オヤジにいじられて、ちょっと気の毒であったが、めげずによくがんばったと思う。えらいぞ。

演奏が終了して、打ち上げにも参加していたのだが、しばしば会っている人は別にして、多くの人から「皇帝が来ているとは気づかなかった」と指摘された。最近、ちょっとこの界隈から遠ざかっていたので、存在感が希薄になってしまったのだろう。由々しきことかな。特に「髪型変わったでしょ」と言われたりしたのだが、実は髪型はいささかも変えていない。それは単に「減った」ということを指摘されているのだと理解した。やや悲しい。来月はB姐ナイトもあるのだが、まめに顔を出しておかないと、このまま忘れ去られてしまうと困るので、精進しようと思った。

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2006年8月17日 (木)

電波大サーカス at Fandango

いささか旧聞に属する話になってしまったが、先週末8/12、大阪は十三ファンダンゴに標記イベントを観戦に出かけた。

Denpa 出演者は以下の通り。

ストロベリー・ジャンラ・オーケストラ

る*しろう

日比谷カタン

ストロベリー・ジャンラ・オーケストラとは、見世物パンク一座として、アングラ演劇とロック音楽を融合させた電波系楽団として関西アングラ界では非常に知られた存在であるストロベリー・ソング・オーケストラと国際的に活躍する関西発のハイパージャズロックバンド、ジャンラが合体して、名乗るユニット名である。

ちなみに、よたろう帝國は、2年ほど前にストロベリー・ソング・オーケストラと、とあるイベントで共演させていただいたことがあり、そのとき以来、ファンになってしまった。また、ジャンラのメンバーの方々とは、何度かセッションをさせていただいたこともあり、それぞれに何かしら交流のある方々で、なんとなくそれぞれの音楽性なんかも知らない訳ではないので、非常に気になる組み合わせである。

この一見水と油かと思われる2つの集団が協同してひとつのステージを作るのであるから、ただごとではすまされないに違いない、と思っていた。実はこの試み今回が初めてではなく、昨年もファンダンゴで共演しているのだが、そのときは都合がつかず見られなかったので、今回は絶対に行くのだ!と決意をして臨んだ。

ファンダンゴは初めて行ったのであるが、地図がなければまず到達できないだろうと思われる立地である。大きな車庫にくっついているので、うっかりしていると通り過ぎてしまう(というか、一度は通り過ぎてしまった)。十三の駅からは近いので、便利ではあるのだが。どうもわたしは極度の方向音痴らしく初めて行く場所はもちろん、何度も行ったところでも、大概迷うので、早い時間に着いて、明るいうちに場所を確認した。まだ開場まで時間があるので、一旦駅前で時間を潰そうと思い歩き始めると、向こうからジャンラのメンバーがやってくる。今日の演奏の仕上がりなどについて、ちょっと話を聞かせてもらった。リーダーの中来田氏は、いつもは飄々とした感じの人なのだが、いや、この時も飄々とはしているのだが、いつになく気合が入っている感じではあった。

いかにもアングラな佇まいの会場で、こういうアングラな出し物をやるって、なかなかいい感じだなぁ。18時開場で、18時20分ごろ会場に行ったら、入場待ちの人が道路に並んでいる。結構お客さんが来ているようだ。並んでいると、「おお~、皇帝!ありがとうございます」と声をかけてくる人が。SSOの鍵盤奏者であるピアノマンこと高橋氏である。この日はギターを弾くそうである。

店内に入ると、サーカス風のBGMがかかっている。天井からは万国旗のように紙が下がっているのだが、そこには「苺楽団」など出演者の名なんかが書かれてある。いつの間にやら、ステージではアコギを抱えた着流しの怪しげな青年がサーカス風のBGMを弾いている。この人が日比谷カタン氏である。

いや、この日比谷カタン氏の演奏と歌のすごいことすごいこと。ジャズギターをかなり研究しているのではないか、と思わせる複雑なコードワーク、正確な右手のストロークとピッキング、アラン・ホールズワースを思わせる速弾き、その上、奇妙な歌詞を奇妙なメロディーで朗々と歌う(これがまた音域が広く、かつ美声)。世の中にこんな人がいるとは知らなんだ。MCでは、ちょっと幇間芸っぽい語り口ではあったが、これって江戸風なんかな。まさに圧倒的なパフォーマンスであった。

続いて、る*しろうの登場である。噂には聞いていたが、これも凄まじかった。キーボード、ギター、ドラムのトリオなのだが、いきなりの変拍子ばりばりの轟音サウンドで飛ばしまくる。複雑怪奇な曲なのだが、実に楽しそうに演奏している(特にキーボードの女性が)。いわゆるプログレとかレコメンとかのジャンルに括られたりするのだろうが、そういうジャンル分けなんかどうでもいいような気分になる豪快な演奏である。途中、ジャンラの中来田氏やピアノマン高橋氏(久々に彼のギターを聴きました。もう弾きまくりでした)をゲストにまじえ、適度な緊張感をまじえながらも、始終なごやかに?演奏していたのが印象的であった。

そして、本日のメインアクト、ストロベリー・ジャンラ・オーケストラの登場である。今回はサーカスに行ったきり行方知れずになった恋人?を探す青年の話のようであるが、いつもながらの狂った時間軸と倒錯した世界観をジャンラの重厚なサウンドに乗せて圧倒的な表現で見せる。座長の軽妙なトークや甲子園7回裏のような風船飛ばしをまじえ、恐ろしくもありおかしくもあるステージであった。特にジャンラのメンバーの衣装がかわいかった。最後は先般発売されたDVDに収録されている「真夏の手毬歌」をSSOのメンバーで演奏し、電波大サーカスは終了した。

毎度のことながら、彼らの独特の世界観の徹底した表現はすばらしいと思った。なかなかまねる訳にはいかないが、非常に刺激を受けた。終演後、メンバーの方々に挨拶をして、早々に会場を後にした。実は、この後、京都で友人と落ち合う予定があり、急いで阪急電車に飛び乗ったのであるが、残念ながら、この後の予定は流れてしまった。今回、同行していただいた某B姐も感ずるところがあったようで、お誘いしたかいがあったというものである。京都に着いて、いろいろと打ち合わせたり世間話をしたりして散会。暑い夏の一夜であった。

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2006年8月11日 (金)

世界で最初の弦楽器専用ミュート

そんな訳で、今日も炎天下の京都市内を自転車で走る羽目になってしまった。
結局目的の品物は手に入らなかったのだが、某大手W楽器店に注文したところ、メーカー在庫があり、今週末くらいには入荷とのこと。たかだか2000円くらいの品物なのに店員さんが親切に対応してくれたので、ちょっと気分がよかった。

案外、用件が早く終わってしまったので、ついでに某J楽器店の本店に行ってみる。ギター関連の小物を見ていると、なんかそこだけ昭和にタイムスリップしたかのような、商品がぶら下がっている。

Jakuonki

「世界で最初の弦楽器専用ミュート 弱音器」というものらしい。

現物の構造は、樹脂でできたクリップのようなものにスポンジを貼り付けてあるだけのもので、これを使ってブリッジの手前で弦を挟み込んで、ミュートするようである。う~む、そんなことしたら、音程が変わってしまうのではないか?写真は、その商品のパッケージなのだが、左側にクリーム色みたいな長方形の物体が見えるが、それが「弱音器」だ。

右側には、アコースティックギターを抱えた女性が恥ずかしげに微笑む写真をあしらっている。この人のたたずまいが、どう見ても昭和50年代前半なのだ。頭の上には、どういう訳か日の丸と星条旗があるし。多分日米で特許を取っているのだろう(違うかな)。これがまた、すぐれもので、ギター、ウクレレはもちろん、マンドリン、リュート、バンジョー、バラライカ、シタール、果ては馬頭琴にまで使えるそうだ。シタールの指板って、こんなに狭かったかなぁ?このパッケージの鄙び具合から、一見すると、中国製の製品かと思うが、ちゃんと日本製なのだよ、これが。

で、この女性の抱えているギターのブリッジ下部に黒い丸が見えるでしょ?これが何か気になってしまって、裏側を見ると・・・

Jakuonki2

いささか見えにくいが、「世界で最初のWホールギター」の宣伝なのだ。「World Sound Guitar大好評発売中!!」などと書いてある。発明者の博士の顔写真まで載っている(残念ながら名前は失念したが、おそらく実名を記載している)。どこで売ってるのかね、などという無粋な突っ込みは抜きにして、どうもこのWホールギターというのは、簡単に言うと、ボディーにもうひとつ穴を開けただけのようだが、これで、飛躍的に大音量を確保できるそうだ。なんでも、大ホールでも、マイク不要の大音量なのだと。それはすごいかも。

しかし、そんなに大きな音が出るアコースティックギターだったら、練習のときにうるさくって困るじゃん、と思った善男善女の諸君、心配召さるな。そんなときのために、かの「弱音器」は、発明されたのである。

・・・う~む、ちょっと21世紀の大手LM楽器専門店で、このようなものを見ることになるとは、お釈迦様でも知らぬ仏でる。田舎の鄙びた楽器店ならいざ知らず。発する空気があまりに昭和なので、ひょっとしたら、古~いデッドストック品を店頭に出しているのではないか、などと思ったが、メーカーの住所を見ると、ちゃんと郵便番号が7桁になっているので、すくなくとも平成の御世になってから10年ほどは営業していたことになる。グランドギター社、なかなか侮れんなぁ。

さて、J楽器店に行ったら帰りには当然、三条京阪のBOOKOFFに寄ることになる。
最近の探し物は楳図かずおと柏木ハルコの著作なのだが、今日はめぼしいものがなかった。そのかわり、なかなか興味深い本を見つけたのだが、その話はまた別項に譲ろう。

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