犬学校→
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これまでの人生、いろいろあったようで、実は割と平凡な小市民として生きていた。
まぁ、大部分の人がそうであるように、わたしも法廷なんてものは、映画やテレビで見るもので、実際にこの目で裁判を見るなんてことはこの先ないだろう、なんて高を括っていた。
ところが、裁判所に行って、裁判というものを体験することになろうとは・・・。
とはいえ、裁判員に指名されたのでもなく、原告や被告として法廷に立ったわけでもなく、ましてや判事検事弁護士になったなんてこともなく、ただ一傍聴人として傍聴席に座って裁判の成り行きを見守っていただけなんだけど。
裁判の内容については、差し障りもあるので、ここでは伏せておくが、仕事関連ということにしておこう。
事前に弁護士の先生に訊いてみた。
「傍聴に行ってもいいですかね?」
「あ、全然大丈夫ですよ」
「予約とか手続きはいるんですか?」
「いや、当日裁判所に行っていただければ別に手続きはないです」
「『○○先生、がんばれ~!』とか言ってもいいですか?」
「あ、それやったらつまみ出されますよ」
というやりとりの末、傍聴に行くことにした。
開廷の時間がよくわからなかったので、当日、9時に裁判所に行ってみた(ちゃんと確認しておけよ)。
入り口の自動ドアをくぐると、ただっぴろいロビーになっている。
ひと気がない・・・。
同じ官公庁でも市役所とか県庁とかと違う。
しかし事務室の中では、なんだか職員の人たちが忙しそうに立ち働いている。
ただ、案内カウンターの人は暇そうだ。このあたりは一般の官公庁と同じだ。
「今日の裁判の予定とかわかりますか?」
と訊くと、ほぼ無言でカウンターに置いているバインダーを指した。
そのバインダーに今日の裁判の予定が書いてあった。
一日にこんなにたくさんの裁判をやってるのか。ほとんど30分に一回。
しかも開廷時間は10分とか、そんな単位だ。
その上、法廷の数も想像以上だ。
一階と二階でそれぞれ10以上の法廷がある。
世間でこれほどの数の事件が起こっているのか。
しかし、その大半が民事訴訟で、しかもお金の貸し借り、払え払わぬの争いが多い。
のほほんと生きている自分の知らぬところで、これほどに法廷闘争が繰り広げられているとは・・・。
感慨を深めて、傍聴すべき裁判の時間を確認すると10時半開廷だった。
ありゃあ、だいぶん時間が空くなぁ。
というわけで、裁判所の内部、周囲を探検してみた。
ひと気のない廊下を歩いていくと、どこからとなくテレビの音声が聞こえてくる。
売店からだった。
やっぱりあるんだな、こういう施設が。
大きな病院にある売店みたいな感じで、店番のおばさんが二人、ヒマそうにテレビを見ていた。
実際ヒマなんだろう。
タバコが吸いたくなったので、喫煙室に入ってみた。
建物は新しく、とても清潔に手入れされているのだが、ここだけ妙に小汚い。
まぁ、喫煙室ってタバコの煙で壁面が薄汚く汚れているものだが、それにしても、他との落差が激しい。
きっと喫煙室だからあまり掃除とかしていないんだろう。
喫煙者の立場って不当に貶められているような気がする。
「人事課能率係長」という役職の人がいるのだな。
ということは「人事課能率係」という部署があるのだろう。
なんの「能率」なんだろうか。
謎だ。
さて、ここが当該の法廷だ。
法廷の様子を写真に取るのはご法度らしいから、閉廷後に撮影したものだ。
書記の人がいたので、「こらこら。写真撮ったらダメ」とか怒られるかと思ったが、何も言わなかった。
たぶん閉廷後だからOKなのだろう。
裁判そのものは、あっと言う間に終わった。
開廷直前に弁護士の先生と合流して、法廷に入っていった。
先生は、なにげに傍聴席と法廷を区切る柵(一部が押し戸のようになっている)を押し開けて、柵の中に入っていく。ほんとに何気なく、という感じだ。
まぁ、弁護士の先生は、これが仕事で常時10件程度の裁判を抱えているらしいから、いちいち気合を入れたり、天を仰いで十字を切ったりはしない。当たり前か。
原告代理人が左側、被告代理人が右側に座り、開廷を待つ。
その直後、判事3名が奥の壁の向こうからすっと出てきた。
これまた何気なく不意に現れた感じだ。
おもむろに開廷を告げ、裁判は始まった。
まず原告代理人が訴状を読み上げ、判事が争点を被告代理人に確認する。
いくつかの争点について判事が双方に確認、意見の有無を訊き、そして次回の日程について決めたら、それで閉廷。
あっけないなぁ・・・。
ものの10分もかからない。
裁判ってこんなものか。
後で弁護士の先生に訊いてみたら、やっぱり初回はあんなものらしい。
次回は来月。
しばらく裁判所通いが続きそうだ。
ところで、アメリカは訴訟社会ときく。
なんとなく想像の話だが、アメリカ人って自分の権利を主張することが好きな国民ではなかろうか。
だから、訴訟が好きなのだろう。
一方、イギリス人は裁判が好きな国民みたいな気がする。
ああいう形式を重んじることを大切にしているような感じ。
あくまでこれも想像なんだけど。
そういえば、「インドへの道」というイギリス映画をだいぶん前に見たことがある。
植民地時代のインドで、支配者階級の英国人女性と被支配者階級のインド人男性の淡い心の交流の物語か、と思ったらいきなり社会派映画になってしまうというなかなかヘヴィーな映画だった。
ただ、映画の各所に見られるインドの風景、風物は目を見張る美しさがあった。
それはさておき、この映画のクライマックスは裁判のシーンで、鬘を被った判事がなかなか印象的であった。
それ以来、イギリス人は裁判好き(しかも格式ばった)、という先入観ができてしまった。
さて、「裁判」を英語で言えば、"The trial"。
まさにその言葉をタイトルにした曲がある。
Pink Floydの傑作"The wall"に収録されていて、全曲のクライマックスに位置する曲である。
ロックスターとして名を成した主人公"Pink"が錯乱の果てに法廷で裁かれるという悪夢のような曲だ。
フロイドの曲としてはめずらしくメンバー以外の人が作曲にクレジットされている(プロデューサーのボブ・エズリンだ)。
「ザ・ウォール」って大ヒットして名作の誉れ高いが、レコードだけ聴いても実はよくわからない。
映画版を見て、はじめてストーリーが理解できた人も多いかと思う。
わたしもそうだった。
まさしく悪夢のようなジェラルド・スカーフの手になるアニメーションによって繰り広げられる「ピンク」の裁判は「壁」の破壊によって終わる。
オペラ風のコーラスとオーケストラを配したアレンジは、フロイドの楽曲の中で異色であり、非常な盛り上がりをみせ、強い印象を残す。
なるほど、ロジャーが、もうやるべきことはやり尽くした、とフロイドをやめたのも頷ける。
・・・そこで、ピンク・フロイドを味わい尽くそう、というイベントを挙行することになりました。
いやぁ、長い前振りだったなぁ。
そんなわけで、「プログレ普及会」の第二回総決起集会を敢行します。
今回は趣向を変えて、お題は「リック・ライト追悼 ピンク・フロイド・セッション~目標は『狂気』全曲演奏」。
日時:2009/03/14(土)
場所:京都 烏丸丸太町 陰陽(ネガポジ)
時間:開場:午後6時半 開演:午後7時
チャージ:¥2000(ドリンク、フード別)
フロイドの名曲を普及会メンバーで演奏します。
セッションと言いつつ、きちんとリハもやって臨みます。
ぜひ観戦に来てください。
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とうとうメインで使っているパソコンがぶっ倒れてしまった。
起動時に再起動を繰返すようになり、どうもおかしいと思い、OSを再インストールしたが、どうもこれが失敗したらしく、とうとううんともすんともいわなくなった。
やむを得ず、某パソコンショップに持ち込んで、修理依頼。しばらく入院されることとなった。
店員さんによるとIE7をインストールしたことが原因の可能性もある、とのこと。某R氏の推測を裏付ける証言である。やめときゃよかったな、IE7。
そんな訳で、今現在、昔々のノートパソコンを引っ張り出してきて、なんとかネット環境だけは整えた。
やっぱりメールだとか、オークションの連絡だとか、ネット環境がないといろいろ社会生活に差障りが出てくるからなぁ。
ちゃんと動いている時は非常に便利だが、一旦使えなくなると頗る不便である。
メインのパソコンがないと、新曲の作成やら、なんやらかんやら、連休中にしようと思っていたことが滞って困る。さいわいパソコンが動いているうちにデータのバックアップは取っておいたので、大きなダメージはないが。
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以前から気になって気になってしかたなかった「東京駅の『神』」。
去年の夏にこのブログに記事を書いたので、ご記憶の方もあるだろう。
先日、東京出張のおりに、とうとう真実が判明した。
年に何回かの東京出張。
幸いなことに、ゆるい用件が多いので、お気楽なものである。
前回は時間切れで、「東京駅の神」の真相を解明できなかったので、今回こそは、と意気込んでいた。
(そういうことに意気込むのもいかがなものか)
昼前に新幹線で東京駅に着いて、時間に余裕があったので、ホームを巡視してみた。
そうしたら、あるある。
あちこちに「神」が鎮座ましましているではないか。
ホームをふらふら縦断し、ときどき立ち止まり、柱を眺めては腕を組んで「う~む」と唸るヒゲオヤジは世間の善男善女にどのように映ったのだろうか。
不審者と思われたのだろうな、きっと。
丹念にホームの柱をチェックしていくと、ところどころ「神」以外のものもある。
「南」だとか「中」だとか。
明らかに位置関係を示す文字である。
中には「駅」などといういわずもがなの表示もある(ちょっと表示形式が違うけど)。
やはりこの表示は何かの位置関係を示しているのであろう。
それにしても「神」とはなんだ?
「南」とか「中」は、何かを基点にして、そことの相対位置関係を示しているものと想像できる。
何かを基点にした相対位置関係が「神」と表示されるべき場所とは?
「天国」か?
んなわけないか。
さらに、いずれも柱に取り付けられた箱に表示されている。
この箱の中身は依然謎のままだ。
ホームを一周して東端の「神」の前で、途方に暮れて佇んでいると、おりよく駅員さんが通りかかった。
「あの、すいません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」
「はぁ?何でしょう」
「いや、変なこと聞きますが、この柱に『神』って表示されていますよね?これは何でしょう?」
このときの駅員の表情は忘れられない。
訊かれていることがとっさに理解できない様子で絶句している。
目を丸くするという表現があるが、このときの彼はまさしくそうであった。
訊かれてはならないこと、話してはいけない秘密を指摘されたかのようであった。
内心「しまった。触れてはいけないことを訊いてしまったのかも・・・」と思い、言葉を変えてさらに尋ねた。
「いや、この箱に『神』って貼られていますよね。他にも『南』とか『中』とかありますでしょ。何のことかな、と思いまして」
駅員さんはやっと質問を理解した様子で、ややうろたえながらこう言った。
「あ、これは車内の点検が終了したときの合図をするものです。『神』は『神田』の略です」
「神田」の「神」!!
「ということは『南』とか『中』とかは・・・」
「『南神田』、『中神田』です」
永年の疑問が一瞬にして氷解した瞬間であった。
おおお、そうだったのかぁ~!
「ととと言うことは、この中に『神様』を祀っているとか、そうことではなく・・・」
「ええ、そういうことではなく、『神田』の『神』です」
思わず口走ったわたしに彼は憐れみの目を向け、冷ややかに答えた。
おりしも通りかかった掃除のオバチャンがくすくす笑いながらこちらを見ている。やや恥ずかしい。
「しかし、なんで神田なの?ここは神田じゃないでしょ」と執拗に食い下がる。
「ここは東京です」と当たり前のように答える。そんなことはわかっておる。
どうやら、東京駅構内で神田地区、南神田地区だとか、エリアわけがされているようである。
あまりこんなことを深く突っ込んでも、ますます不審がられるので、ここらへんで勘弁しておいた。
そうだったのか。
そりゃ、京都や名古屋にはないよな~。
と非常に得心して仕事先に向かったのであった。
謎が解けたのはうれしかったが、夢が壊れた一抹の寂しさも感じた。
仕事中(とある会議に出席していたのであるが、当然ウワの空)、ずっと複雑な気分で過ごした後、お茶の水の楽器屋街に立ち寄って帰途についた。
既に日は沈み、あかりの灯ったホームであらためて「神」を眺めた。
以前のような神秘性をなくし、ただの「記号」となり果てた「神」は、どことなく寂しげである。
ふたを開けて中身を拝見してみた。
なるほど、押しボタンが一個とその下に「車内点検」「神田」と書かれたシールが身も蓋もなく貼られているだけであった。
消えてしまった「神」へのせめてものはなむけに以下の画像を作ってみた。
東京駅ホームのどこかに、密かにこういうものが隠れていて、駅員には見えないだけで、実は新幹線の安全運行を司っていればいいのに、と思いつつ・・・。
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なんとなく昨年は終わってしまい、どうということもなく今年が始まってしまった。
とはいえ、つつがなく新年を迎えられたことを慶ばねばなるまい。あと何回新年を迎えられるかわからないが、そのたびごとに慶ぶ気持ちが強くなっていくのだろうか。
少なくとも、ここ数年、そんな気分である。
なんだか新年早々辛気臭いことを書いていますが、どうにかこうにか生きてやっていけているのも、周囲のみなさまのおかげ。今年もよろしくお願いいたします。
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先日の記事に書いたRAGでのクィーン・トリビュート・ライブが終了した。
毎年、大盛況のこのイベントであるが、やはり今年もすごい盛り上がりで、大成功だったようだ。初プロデューサーの大役を見事にこなしたsin@ぼじおくんに、まずはお疲れさまと言いたい。
「大成功だったようだ」などと伝聞口調で書いているのは、訳があって、リハ終了後、開演直前まで外に出ており、我々の出番まで1時間ほど間が開いていたのだが、戻ってからは、ずっと楽屋に引きこもり、意識を集中させており、我々の出番がすんでからは30分ほど放心状態で、やっぱり楽屋で呆けていたからである。
ただ、楽屋で聞いていた参加バンドの演奏は、いずれもそれぞれの持ち味を生かした個性的なものであった。聞いていて、楽しめた。楽屋にいたので客席の反応はよくわからなかったのだが、例年のごとく大いに盛り上がっていたように思う。やっと気を取り直して会場に戻ったのは、「オペラ座プロジェクト」の開始時であった。
いろいろ事前の情報は得ていたのであるが、短時間でよくぞここまで仕上げた、という感じだった。演奏の布陣を見ると、全然大丈夫だろうと思っていたが、ボーカル陣のがんばりには感心した。5周年にふさわしい企画だったのではなかろうか。
我々の演奏については、参加してくださった方が、それぞれにレポートをあげてくださるだろうから、当事者が多くを語ることはしないが、自分としては完全燃焼できたな、と思う。しばらくライブで演奏していて、そういう思いをしたことが久しくなかったので、非常に満足している。まぁ、また次がある、と思うといろいろ反省点も考えねばならんのだろうが、このバンドはとりあえずこの日限りなので、そういうことは一切考えないことにしている。
そんな訳で、ライブのレポートとしては、非常に簡単なのであるが、一部のお客さんは、わたしの足元に露店のごとく並べられたエフェクター群に興味を持たれていたようなので、ここでちょいと機材関連の解説しておきます。
今回、クィーンを、しかも"Brighton rock"を演るから参加せよ、とBrenda@バンマスから指令が出たのが5月ごろ。今年はもう出ないでおこう、と考えていたのだが、「ブライトン・ロックやるんか~。それってひょっとしてかなりおいしい?」と妙な色気を出して、承諾してしまったことから、今回のライブに至る果てしない試行錯誤の道が始まる。
もともと(といっても20数年前だが)、ストラト弾きで、派手なアーミングとワウワウ踏みまくりで「京都のジミヘン」の異名をとったわたしであるが(うそうそ)、現在手持ちのギターでアーム付きのものはない。「ブライトン・ロック」やるのにアームがなかったら始まらんやろう、ということで、ギター探しから始めた。
まぁ、一回限りのことやし、と思い、ちゃんとしたギターを新品で購入することはハナから考えず、中古で入手することにした。ところが、案外中古のギターでめぼしいのは売ってないのよね。と言うわけで、困ったときの某オークション。
まず国産F社製のストラト風を数千円で入手。トレモロユニットはフロイドローズ。なかなか安い買い物ができた、と悦に入ってたが、今ひとつネックの握った感じになじめなかったのと、どうもブライアン・メイの、シングルコイルピックアップ使用なのに妙に野太い音がでなかったのと、色が地味でステージ栄えしないので、結局、別のギターも物色することになった。
オークションだから、当然、試奏もできないので、見た感じでバクチのような買い物を続ける。
昨日、予備に持っていった青いストラト風ギターもそうやって落札したものだ。
結局、国産E社のフライングV風の赤いギターが、見た目も派手で、ネックの感じもよかったので、こいつを使用することに決定。
次に、基本となる歪み系の音である。RAGの常設アンプはJC-120なので、アンプはクリーンで鳴らし、歪みの音はエフェクターで作ることになる。現在手持ちのB社製品は、ちょっとブライアンぽくないジャラジャラした感じなので、とりあえず楽器屋に行ってみる。こればっかりは、実際に音を聞いてみないと、判断できない。どうせ買うなら真空管入りのがいいな、と思い、店頭にあった数種類を試奏させてもらう。ギターの本体ボリュームで、クリーンな音からオーバードライブした音まで調節でき、なおかつボリューム最大で気持ちよい音、という基準で選ぶと、どれも帯に短しタスキに長しだったが、V社製品を購入。V社といえばブライアンの愛用アンプのメーカーだから、丁度よかったのかも。
これでソロのときは、手持ちの京都のS社製のディストーション(実はこの歪みはお気に入り)を踏めば、OKと思っていた。ところが、よくよく聞くと、ブライトン・ロックをはじめ今回の演奏曲は、ソロの音はそれほど激しく歪んでいないとういことに気づいた。いわゆるナチュラルディストーションってヤツですね。従ってディストーションを踏むより、ブースターでゲインをあげてやる方が、この雰囲気が出せるだろうと。ここで、またしても某オークションの世話になった。エフェクターの評価サイトをチェックして、よさげなのを選んで落札していった。米国産DO社製、DA社製などのオーバードライブを入手したが、結局米国製R社製のクリーンブースターが一番よかった。中音域がぐっと太くなる感じで、腰の座った音になるような気がする。さらに、これはエフェクト時に異常にでかいLEDが点灯し、非常にわかりやすくてよろしい。この選択に落ち着くのが、本番一週間前だったので、最後まであれこれ試していたわけです。
それだけでなく、アンビエンス系、飛び道具系も考えねばならないのが、ブライアンの厄介なところである。とりあえずディレイは必須だよな。最初は手持ちの国産K社のマルチでいいかな、と思っていたが、どうしても、「ブライトン・ロック」と「テニメント・ファンスター」のギターソロはディレイ音をステレオで出力したかった。K社のマルチは2機種持っているが、ひとつは出力はモノラルのみ、もうひとつはステレオ出力ができ、ピンポン・ディレイみたいに左右に音が飛ぶ、という技はできるのだが、2台目のアンプでエフェクト音のみを出力するということができない。さらにマルチはピッチシフターとして使うことになったので、ディレイは別途調達の必要が出てきた。
いくつかそういうディレイ系のエフェクターを入手したが、どれも思ったようなことはできなかった。さらに、「谷間のゆり」では壮大なギターオーケストレイションが必要とされる。ということは、単にディレイを左右に振るだけでなく、左右に振った音にさらにピッチシフトをしてやって厚みを出さねば鳴らない、ということに思い当たった(もう、ここまでくるとムキになっているとしか思えない)。
そのためには、ラインセレクターで分岐させて、それぞれにエフェクトをかける、と決定。
これなら、最初から楽器屋さんで店員に教えてもらってそういうことのできる新品買ったほうが安かったのではないか、と思い、大阪の某楽器屋さんに行ってみる。
ところが、思っているような便利なラインセレクター(A、B切り替えとA+Bの両方ができるもの)は高価なものを除き市場には出ていないということが判明した。結局、これは某オークションでハンドメイドエフェクターのメーカーから新品で購入。
さらに、それぞれのアンプの出力音を調整するために、ボリュームペダルを2台落札。
結局、以下のようなセッティングで臨んだ今回のBHMである。
ギター
↓
R社ブースター
↓
V社オーバードライブ
↓
S社ディストーション(「フリック・オブ・ザ・リスト」のソロのみ使用)
↓
ここでA、B系列に分岐
(A系列)
K社マルチ1(ピッチシフターとして使用)
↓
B社ディジタルディレイ
↓
DA社フランジャー
↓
B社ボリュームペダル
↓
アンプA
(B系列)
K社マルチ2(ピッチシフターおよび、「キラークィーン」の最後のループ)
↓
B社ピッチシフター・ディレイ(エフェクト音のみ出力ができるすぐれもの)
↓
B社フランジャー
↓
B社ボリュームペダル
↓
アンプB
・・・とこんな構成になっていたのです。だから足元が賑やかだったのだね。
あれだけエフェクターつなげて、ホントに全部使ってんの?はたっりちゃうか~、と思われている方も多いかと思いますが、実は全部使っています。無駄なものは一切つないでいません。その上、各曲ごとに、ペダルを踏みかえる箇所が複数あり、そのため、メンバーには多大な不安を与えていたことをここで告白しておきます。
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今日、電車に乗っていると、扉の上のLEDによる電光掲示に
「この電車は普通です。」
と表示されている。
もちろん、「普通(電車)」=「各駅停車」という意味であることくらいは諒解しているが、なんだか妙ないいまわしだなぁ、と感じた。
「この電車は異常です。」とか表示されていたらイヤだろうなぁ。
・・・そんなことはどうでもよくって、明日はいよいよRAGのクィーントリビュートライブだ。わたしもBrenda and Her Majestyのメンバーとして演奏する。かなり気合入っているので、ここを見ている人は、ぜひとも観戦に来なさい。
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テレビでニュースを見ていると、吉野家の牛丼が2年半ぶりに復活した、としきりに報道されている。
もちろん、BSEによる日米牛肉摩擦がらみでのニュースなんだろうが、なんとなく見ていると各報道機関が、みんなして吉野家の宣伝をしているかのようだ。
で、店で牛丼を食べに来たお客さんにインタビューをしている訳だが、「いやぁ~、これを待っていたんですよ~」とか「前に比べて肉が少ないんじゃない?」とか「もちろん汁だくで(食べます)」とか、いろいろ好きなこと言っている。
君たち、ホントに牛丼食べたかったのか?ホントに牛丼を愛しているのか?ただ単に話題になっているから行ってみただけと違うのか?
な~んて、無粋なことは言いませんが(って、言ってるし)、吉野家って、そんなにうまいかなぁ?
単に牛丼の味だけ取り上げたら、なか卯の方がうまいとわしは思う。すき家は邪道っぽい牛丼(「マーボーナス牛丼」とか「かつぶしオクラ牛丼」とか)になかなか味があるし、松屋だって、吉野家に劣るとは思えない。オージービーフだってちゃんとした牛丼はできるのだ。君たちが本当に心から牛丼を愛しているのなら、我々カスタマーに背を向けた吉野家よりも、企業努力により非米国産牛肉を確保して我々に牛丼を提供し続けた他店を支持すべきではないか?
(いや、きっと牛丼フェチだったら、こんなこと言うんじゃないかな、と想像で書いています)
むしろ、そんなことより先般、吉野家で食べた「豚キムチ丼」、あれはいかん。あれは単に豚丼にキムチを乗せただけだ。それならば「キムチ豚丼」と呼ぶべきだ。「豚キムチ」は全然別の料理だ。
などと、どうでもいいことを力説しても詮ない上にみっともないので、本件に関しては、また機会を改めて。
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年に何度かは、東京に出かける。会社の仕事で行くことが多い。まぁ、これが普通だな。
仕事で行くときは、必ず新幹線を使う。これも普通ですね。東京のようなハイパーテクノポリスの玄関口であるJR東京駅の新幹線ホームにこの写真のようなものが、密かに存在しているのは、意外だ。
ホームの柱に「神」と書いたステッカーの貼られた箱が取り付けられている。まさか、この箱に神さまが宿っていたり、ご神体を奉っていたりする訳もなかろうが、一見、電気配線のジョイントボックスのようなこの箱が俄然神秘的なものに見えてくるから不思議である(見えてこないか)。
この写真は、今年の春に撮ったものである。その後、夏に行った時に、ホームを歩いていると、またあった。どうもひとつではなかったようだ。下の写真をご覧いただければ、ご理解いただけると思うが、明らかに別の「神」である。記憶が曖昧であるが、春のとは別のホームだったような気がする。どちらも帰りだったので、下りホームだったことは確実だ(ここ、突っ込むところですよ~)。
どちらも「伊藤ハム」と深いかかわりがありそうだ。ハムの神さまでも奉ってあるのだろうか。ふたを開けたら、鳥居があって、身長5cmくらいの神主さんが出てきたらいいな。
東京は、奥が深い。
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