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2011年9月28日 (水)

果しなき流れの果に

先日、ニュートリノが光よりも早く移動していたことが観測されたというニュースがあった。
ほんとだとすると、アインシュタインの相対性理論を覆す大発見だそうだが、ことの真偽はこれから検証せねばならないようだ。
特殊相対性理論によると、移動速度が光速に近づくと、時間の流れはどんどん遅くなって、光速に達すると時間は止まるそうだ。
従って、移動速度が光速を越えると、時間が逆行するのではないかという。

タイムマシンの原理は、ものすごく早く移動する物体に乗って、その物体が光速に近づくと、外側の時間の流れよりも内側の時間がゆっくり流れるので、その物体から外に出たとき、未来に到着しているはずである、というものらしい。
しかるに、このニュートリノは光速より早く移動しているわけだから、こいつがスイスから発射された時刻よりイタリアに到着した時刻のほうが前になっているということになる。
これにて、過去への乱舞(大気の海で)が可能になると・・・。

はて?
さっぱり実感できないが、そんなようなことをテレビが教えてくれていた。
(ほんとにこんな理解でよいのかどうかはよくわからない)

このニュースを聞いたのは、おりしも、ちょうど先日物故された標題の小松左京の大昔の作品を読んでいた最中なので、なんだか妙な気分になった。

「果しなき流れの果に」

う~む、いかにも古典SFっぽい秀逸なタイトルだ。
先日、小松左京が亡くなったと聞き、あぁ、そういえば、昔っから読もう読もうと思いつつ、気がついたら本屋さんで見かけなくなったなぁ、と思ったのがこの作品。
亡くなったので、追悼フェアでもやるかな、と思ったが、そういう気配もなくひと月、ふた月と過ぎた。
近所の大型書店でもさっぱり見かけないので、結局某ネット通販で入手。
いやぁ、かれこれ50年近く前の作品なのだが、今でも十分おもしろく読めました。
あちらこちらに意味ありげにばら撒かれた伏線らしきエピソードは最後まで放置されていたり、用語や言い回しがさすがに昔ふうだったり、突っ込みどころはあるのだが、かなり強引なストーリーと頭でっかちな感じの妄想の力技で読ませる作品だ。
作者の若さに任せた勢いが感じられる。

内容を乱暴に要約すると、古くは白亜紀からいつとも知れない未来まで、縦横に出没する登場人物たちの奇想天外な戦記ということになるのだろう。
後に「日本沈没」や「復活の日」で結実する壮大なモチーフの萌芽もうかがえ、作家論的にも興味深い作品である。
な~んて、偉そうに言ってみたが、実は小松作品を愛読したのは30年以上も前の話。
はっきり言って、ほとんど忘れかかっている。
前々から、「日本アパッチ族」などは再読したいと思ってはいたのだが(読んだのは子供のころだったからね)、どういうわけか小松作品は文庫本で手軽に入手しにくい状況が続いている。
60~70年代のSF作家の作品ってそういうのが多いような気がする。
こういうのって、あまりいいことではないと思うのだが・・・。
エンターテイメント作品として軽く扱われているのかな。
海外の作家はそうでもないのだけどなぁ。

余談だが、海外のSF作品といえば、J・P・ホーガンを一時期よく読んだものだ。
ホーガン作品で、名作の誉れ高い「星を継ぐもの」が星野之宣がマンガ化していて第一巻が出ている。
これも先が楽しみではある。

Hatesinakunagarenohateni_3

ところで、今気づいたのだが、「果てしなき流れの果てに」ではなく、「果しなき流れの果に」というのが正確なタイトルだ。
「て」が抜けている。
これは、何らかの作者のメッセージ?

・・・んなわけないか。

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