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2011年7月17日 (日)

祇園祭

しばらく京都に住まっているが、祇園祭期間中は四条界隈を敬遠していた。
人ごみが嫌いだし、暑いし。

今晩、NHKで祇園祭宵山の実況中継を放送していた。
毎年やってるのかな?
今年も別に見に行くつもりはなかったが、テレビを見ていると、急に気が変わった。

保存会だかなんだかのおじさんがおもしろいことを言っていたのだ。
これまで祇園祭が千年の長きにわたり祭りが続いてきた理由とか。

元来、京都の町衆とは強力な経済力を握った自治組織だったという。
それが、政治的、経済的に行政機構に取り込まれ、力をそがれていった。
その流れの中で、唯一守り続けたものが「祭り」だったという。
「祭り」とは宗教儀式であり、現実と彼岸をつなぐものであり、われわれの「こころ」の拠所となるものなのだろう。
豊臣も徳川も、町衆から「祭り」は奪えなかったということか。

さらに、そのおじさんは次のようなことを言っていた。
日常の99%は「無(価値)」であり、残りの1%にこそ人生の「真実」がある。
その1%が「祭り」だ。
「神」と「人間」と結ぶ儀式なのだ。
そのことを子供たちに伝えていくことが、「祭り」を続けていくために必要である。
言葉による教育ではそのことは伝えられない。
実際に祭りに参加して、現場で作業をして、肌で感じ取っていくしかないのだ。
そのこと自体に大きな意味がある。

・・・う~む、深い。

日常の99%は無価値と断言してしまうのもすごいが、地元の保存会のおじさんが「祭り」にこれだけの意義を見出して取り組んでいるというのが、感動ものだった。
ほとんど宗教家のような発言ではないか。
これは、見に行かねばなるまい。

というわけで、晩飯ついでにふらふらと歩いていってみた。
新町通りを上がっていったのだが、五条を越えたあたりから人が多くなり、仏光寺あたりから道の両側に露店が並んで、すっかり街はお祭りモード。
なかなか進まない上に、暑い。
巨大な鉾やら山やらが豪華絢爛な装飾を纏い、路上に鎮座している。
これが明日には市中を引き回されるのかと思うと、ちょっとすごいかも。

Ts3g0220

四条通りに出ると、時間も遅いせいか、ちょっと人ごみもすいてきた感じで、歩きやすい。
道が広いので、風も通り、暑さも和らぐ。
山やら鉾やら、それぞれの前に説明の看板が立っている。
数百年前からずっと続いているのもあれば、百何十年ぶりに復活したものもあるようで、それぞれに歴史あり、という感じ。
先のテレビでも触れられていたが、これらの山鉾は、それぞれが属する街の誇りであり、象徴なのだと思うと、感慨も深い。

Ts3g0215

写真なんか撮ってみたけど、まぁ、ぼけぼけで何が写っているのかよくわからない。
雰囲気だけでも伝わるかな。

そのまま、西へ歩くと、堀川通りでホコテンは終了。
そのまま大宮まで行って、晩飯。
四条大宮といえば、王将の聖地。1号店。
「ブッキム丼Aセット」を注文。
なんだ、「ブッキム」って?
と思ったら、豚キムチのことらしい。
なかなか美味。七条店でも出していただきたい。

Ts3g0217

再び、四条通りを東へ。
もう人もまばらで、露店も店じまい。
祭りの後の、疲労感が漂う街並。

実際に現場で見ると、テレビで保存会のおじさんが言っていたような宗教的な雰囲気はあまり感じられないが、「祭り」の雰囲気は味わえた。
普段とは違う異界の空気を僅かながら呼吸できたような気分である。

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