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2006年11月29日 (水)

Porcupine Tree Live at Zepp Osaka

最近、わたしの周りで結構評判になっているPorcupine tree(以下PTと略)のライブに行ってきた。
今回の日本ツアーは、かのRobert Fripp翁が前座でついて回るとのこと。とはいえ、まったくのピンで演奏するってことは、すなわち「サウンドスケープ」をやる訳だから、それほど聴きたいわけではない(^^;
先日、PTのCDを買って来て聞いてみたら、いや、結構いいじゃないの。
CDの帯に「キング・クリムゾンのロバート・フリップも絶賛」とか書いてあるし、初期には「90年代のピンク・フロイド」などと称されたようである。
ところが、オフィシャル・サイトの試聴音源を聞いてもちっともフロイドっぽくないし、どうなんだろう、と思っていた。
CDを通して聴いてみると、70年代プログレ臭はほとんど感じられず、リフの雰囲気は90年代のオルタナとかグランジっぽくさえあるへヴィーネスである。
ところが、歌メロが叙情的なものが多く、そのあたりがフロイドになぞらえられた所以かもしれない。
曲は、プログレっぽく展開が激しいのもあるが、あまりこけおどし的な技巧は弄せず、楽曲を丁寧に作り上げている、という印象であった。
という訳で、ちょっと期待して行ってきました。

とはいえ、会場のZEPP OSAKAといえば大阪の中心街から離れた南港エリアにあるライブホールである。平日の午後7時に現場着はどうも困難である。しかし、今回は前座にフリップ翁が出演するわけだから、多少遅れていってもPTは聴けるな、と思い(おいおい)出撃した。
案の定、会場着は午後8時、ちょうどPTの演奏が始まったところであった。フリップ翁の演奏には間に合わなかったのだ。一時は「心の師」と仰いだギタリストだから、やや残念に思うところもあったが、まぁ、「サウンドスケープ」だから、いいか。
ライブでのPTはCDで聴かれる繊細な感じはなく、かなりロックしていた。曲によってはメタルかと思わせるほどだ。ただ、ボーカルが線の細い感じなので、あまり粗暴な印象は受けない。つい先日CDを買って、2~3回しか聴いてない新参リスナーにとっては、中盤ちょっと退屈な部分もあったが、後半2~3曲はテンションも高く、非常にかっこよかった。
「乱暴なリフと叙情的なメロディの組み合わせ」というのは、実は自分的にも、作曲上のテーマのひとつなので、非常に刺激を受けた。次回よた帝の新曲はPTみたいな曲になったらどうしよう(^^;

終演後、会場に来ていたBrendaさんとぼじお君と合流して、梅田まで戻り、先日のRAGプチ慰労会を行う、っても、お好み焼き屋さんで30分ばかり飲み食いしただけだが。いろいろプロデューサーとしての苦労話を聞かせてもらって、改めて彼の苦労を偲んだ。当然ながら電車の走っているうちに散会。

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2006年11月28日 (火)

BHMに思う。

先日の記事では、自分のことばっかり書いたので(予想外にたくさんのコメントをいただき、びっくり)、ややタイミングを逸している感もありますが、バンドとしてのBHMについての感想も書きとどめておこうと思います。

結成の経緯などについては、Brenda@バンマスのブログに詳しいので、省略しますが、人選に関してはバンマスに任せっきりだったので、9月にメンバーが確定するまでは、ややヤキモキしておりました。
決定したメンバーの顔ぶれを見て、あぁ、これはいいバンドになるな、と予感できました。同時に、このメンバーだったら自分も相当がんばらんとあかんやん、というプレッシャーも感じたわけです。

9月下旬にメンバー決起集会を開き、モチベーションはあがりまくり。そしてBrenda☆night@BBA終了後、10月上旬に初めてスタジオで音を出したときに早くも「あぁ、これでOK」と安心してしまったり。
一般に言われることですが、バンドの骨格を形成するのはドラムとベースのコンビネーションです。これがしっかりしていないと、どれだけボーカル、ギター、キーボードなどウワモノががんばっても、ダメなバンドにしかならないと思っています。
ところが、リハ初日にして、まだまだ粗っぽくはあるものの、非常にs@moさん、てりいさんのコンビネーションがいい感じに仕上がってきました。てりいさんのハードヒッティングでぐいぐいバンドを引っ張るドラミングとs@moさんのどっしり落ちついたベースプレイ、キャラの全然違う両名が、いい感じのコンビネーションになっていました。確かにクィーンのリズム隊とは趣が違いますが、こういう勢いがあって、なおかつ重量感のあるリズム隊は、貴重です。今だから言えるけど、この時点で、バンドとしての成功を確信したね。同時に、「うわ、ちゃんと弾かんと負けてまう」と自分にプレッシャーがかかったのは言うまでもないですが。

その後、キーボードの前滝さんを迎えて、リハを重ねました。前滝さんのピアノプレイの美しさは以前から聞き知っていましたが、シンセを弾いても、すごくクリエイティブでアグレッシブなプレイをしてくれるので、ちょっと意外かつうれしかった。やはりギター一本では、演奏が寂しい部分が多々あったのですが、キーボードの加入で、ぐっとゴージャスさを増してねぇ。このように、リハを重ねるごとにどんどんよくなってくるのですが、それに比例して完成形のハードルがどんどん高くなっていきます。もうちょっとここをこうしたらもっとよくなる、あそこはああしたらいいんじゃないの、などと意見交換しながら、演奏を作り上げていく過程は、非常に楽しいプロセスでした。そんな中で、わたしの機材がインフレ的に増えていったのも、ある意味当然だったのかもしれません。

11月中旬のリハで、ほぼ演奏は固まって、最後は演出をどうするのか、が問題となりました。Brenda@バンマスが「我々のステージは、ただのクィーンのコピバンのライブではない。ひとつのロックショーであるべきなのだ」というコンセプトのもと、イタイMC(本人談)を考えてきました。確かに一見、イタイのですが、今回演奏する楽曲のイメージを最適に表現できる演出だったと思います。"Tenement funster"なんて、普通に演奏したら普通の曲だからねぇ。
そのあたりのバンマスのこだわりは、リハでも感じられました。それぞれの曲で、主人公になりきってキャラを変えて歌う、という七色ボイスの持ち主ならではの技を聞かせてくれました。

そして当日を迎えます。
当日の模様は、先日書いた通りなので、繰り返しません。とにかく燃え尽きました。
おかげさまで、いろいろな方々にほめていただいて、普段あまりほめられることがないので、たいへんありがたいことです。

"Brighton rock"を演奏する以上、ギタリストが目立ってしまうのは、しかたないことですが、あの無伴奏ソロに行き着くまでの展開で、徐々に盛り上げていく過程があって、初めてあの無伴奏が生きてくるわけです。そこに至るまでの、あの変則的なキメをびしっと決めてくれた強力なリズムセクションの役割は大きいです。ステディなs@moさんのベースに安心感を抱きつつ、ぐいぐいと演奏全体をドライブさせるてりいさんのドラムに煽られて、ギタリストのテンションが高まっていくのです。だから、リハのときは、テンションがあがらないと、ダメダメなソロしか弾けず、バンマスを不安のどん底に突き落としていたのは今だから書ける(^^;

それと、ラストのBRの直前、"Lily of the valley"で耽美なフレディの世界を表現してくれたBrenda@バンマスと前滝さんの見事な歌唱、演奏(さらに抑制されたリズム隊の演奏)があってこそ、その直後のブライアンのハードな世界が際立って盛り上がっちゃう、って感じだと思います。
さらに、BR前のバンマスのMC。もう客席が水をうったかのように静まり返っていて、うれしかったなぁ~。「つかみはOK!」って感じでした。

ありがたいことに皆さんに今回の演奏が評価いただけたのも、バンド全体で、あの絢爛で豪快なクィーンの世界を表現しようと意識を統一できたからだと思います。
それから、無伴奏ソロ演奏中に、ステージ上の音はギターしか聞こえない中、客席からの声援がよ~く聞こえて、それでまたアドレナリンが放出されて、自分自身の実力以上の演奏ができたのではないかと思います。

そんな訳で、今回、個人的には、RAGのクィーンイベントの引退を飾るにふさわしいパフォーマンスができたのも、熱意と技術に溢れたバンドメンバーたちと、熱い声援をくださったお客さま皆さんのおかげと、この場を借りて御礼申し上げます。
ご声援ありがとうございました。

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機材の話など。

日の記事で、25日のライブでのわたしのギター関連機材について、いろいろ書いてみたら、なんとなくちゃんと記録に残しておきたくなったので、ついでに詳細を書き留めておこう。

興味のない人には、どうでもいいことなんだろうけど、そもそもこのブログはそういうスタンスで書いているから、いいんでしょ、きっと。

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まず、この写真が、今回のエフェクター群の全体像である。

全部で12個もあるなぁ~。一度に持ち運ぶエフェクターの数としては、まぁ非常識な数だな。しかもマルチが2台もあるし。まぁ、とにかく重い。練習のとき持ち運びがたいへんだった。本番直前リハや本番当日は、この上、あのかさばる衣装まで持ち歩いたのだから、われながらご苦労なことである。

まず右側が先日の記事でA系列と書いた一群を中心としたものである。

ちなみに、左下の雪駄は、当日本番で使用したものである。直前リハで判明したことであるが、足袋を履いてこの雪駄を着用すると、足袋がすべって雪駄が脱げてしまう、という問題が発生した。結局、この問題は足袋と雪駄をマジックテープで固定する、といういかにもエフェクターボード的発想で解決した。

下の写真は、右側のボードの詳細である。実はこのボード、ジャスコで売っていたコルクボード(壁掛け式掲示板に使うものだ)に近所の手芸店で買ってきたフェルト状の布を張った自作のエフェクターボードである。材料が材料だけに、非常に安価で(総額2000円くらいかな)、かつ軽量である。これだけのエフェクターを使用するので、持ち運び、セッティングを効率的に行うためには、ボードの上に乗せて持ち運ぶ必要に迫られて、製作したものである。これで、リハにおけるバンマスの不安がやや解消した(^^;

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ギターの出力からつないでいる順番に説明しよう。まずギターから出したケーブルは右側ボードの右下部のRocktron社製Nitroなるブースター(黒いハコに赤い模様の描いてあるヤツ)につなげる。次に右上部のVox社のOver the top boostという真空管入りのオーバードライブ(青く光っている部分が真空管だ)、その次に左側のSobatt社のDB-1、お気に入りのディストーションにつなぐ(結局DB-2は「フリック・オブ・ザ・リスト」のソロでしか使用していない)。ここまでは、基本の歪み系のエフェクター群である。

そこから出力した信号は次に、VoxとRocktronの間にあるA/B box(Executive soundなるメーカーの製品)により、分岐される。もともとA/Bの系列の切り替えはこれを使おうと考えていたが、結局、ボリュームペダルを使用することになったので、A+Bだけでよかったことになる。

ここで2系列に分けられた信号はそれぞれのエフェクター群に送られる。

A系列は、次に右ボードの左下部にある大きいマルチエフェクター(Korg社のToneworks AX1500G)に送られる。これは大分前に買ったものである。今回はこれを使うつもりはなかったのだが、ピッチシフターを2台使い、その上、曲中で、設定(和音を形成する音階)の変更が必要だったので、コンパクトのピッチシフターでは対応できなかったのである。このマルチは1バンクあたり3つのパッチが設定できるのであるが、バンクの切り替えが結構面倒な操作になるので、今回はひとつのバンクで済むように設定した。また、このエフェクターは、バイパス状態にするのにスウィッチを0.5秒間踏み続けなければならないとう設定になっている。ということは、エフェクト状態からエフェクトのかかっていない状態になるまで0.5秒のタイムラグが発生するということである。それは困る。0.5秒と言うと、bpm=120の曲であれば、8部音符一個分、すなわち半拍分である。そんなに遅れたら、「キラー・クィーン」のソロがひどく間抜けなものになってしまうではないか。エフェクトをオフにするタイミングより0.5秒早くスウィッチを踏めばいいってことになるのだが、そんな器用なこと、実際にはできまへん。そこで、使用するバンクのうち、ひとつのパッチはエフェクトなしの設定にしておいた。こうしておくと、スウィッチをちょんと踏んだら一瞬でエフェクトをオフにできる。

そんな訳で、マルチとはいいながら実際にはピッチシフターとしてしか使用していないのであるが、実は「キラー・クィーン」では、ギターのハモリが原音-4と原音-5(いずれも半音階で)と2通りが必要になる。従って、設定されたバンクでは1.原音-4、2.原音-5、3.エフェクトオフというパッチを登録しておいた。A系列では、次にAX1500Gの真上にある白いBoss社製のディジタル・ディレイ(DD-5)につながる(「テニメント・ファンスター」のイントロで使用)。ここから左側のボードにケーブルは伸びている。

一方、B系列でるが、A/B Boxから出力された信号は、左側ボード左上部にある黒いマルチエフェクター(Korg社のToneworks AX10G)につながる。

これはフットスウィッチを踏んだ回数だけパッチが切り替わるという安物にありがちな設定なので、使い勝手はよくないのだが、実は10年近く愛用している。結構飛び道具系でおもしろい機能があるのだ(ペダルでピッチを±24の範囲で可変させるというエフェクトはなかなかおもしろく、以前、プログレコピバン時代のよた帝で演奏した”Elephant talk”や”In the dead of night”で、「象の声」や「アナログシンセ風ポルタメントソロ」などの特殊効果に使用していた)。今回は、このマルチは「ループ」「ピッチシフト-3」の2つのエフェクトで使用した。ループは「キラー・クィーン」の最後で、演奏終了後に、フェイドアウトしていくギターのシーケンスを再生するのに使ったのであるが、気がついた人はいるかな~?あまり効果のないエフェクトだったな。ピッチシフトは「谷間のゆり」でのギターオーケストレーション再現に使用した。A系列で-5の和声、B系列で-3の和声をならして、さらにB系列ではオクターブ下のくわえ、最大4声の和音再現を試みたのであるが、ピッチシフターが全然インテリジェントでないので、ところどころ不協和音になってしまうのが残念なところ。

下の写真は、左側のボードの詳細である。こっちは普通のエフェクターケースのふたを使用している。右から順にA系列のAX1500GからつながるDanelectro社製のフランジャーFAB、その後ろにつながるBoss社製のボリュームペダル、B系列の最後につながるボリュームペダル、AX10GからつながるBoss社製ピッチシフター/ディレイPS-2、Boss社製フランジャーHF-2である。

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ちなみに、ボード外に陳列しているエフェクター群は、今回入手したが、結局本番では使われなかった気の毒なペダルたちである。右から順にDOD社製のプリアンプ/オーバードライブ、Danelectro社製のオーバードライブ、Boss社製のディレイ/サンプラーDSD-2、PSK社製のフランジャーである。DODは結局使わなかったが、直前まではこれでいこうと思っていたくらい、いい感じだったので、今後、手軽なセッションなどでは使用する機会もあるだろう。

まずDanelectroのフランジャーであるが、これは過激なフランジング効果は出せないが、非常に上品にエフェクトがかかる。フランジャーというと昔に使っていたBoss社製のBF-1がひどく音やせしたもので、そういう先入観があったのだが、これはちゃんと原音を損ねないので、いいものだと思う。これは「キラー・クィーン」と「テニメント・ファンスター」で使用した。

A系列は、その後にボリュームペダルをつないで、アンプに出力して終わり。ボリュームペダルは「谷間のゆり」での音量調整に使用した。

AX10Gから出力されたB系列は、まずBoss社製のPS-2につながる。このペダルが今回のエフェクター集団の中での最重要ポイントになるものである。これはピッチシフターとディレイが切り替え可能な設定になっている。ところがピッチシフターのピッチシフト量調整はディスプレイもないのに、あの小さいつまみで調整しなければならない(またこのつまみがアナログなのよね)。ライブステージ上における設定の変更は間違いなく不可能である。入手したときは「あぁ、こりゃ使えんなぁ」と思い、しばらく除外していた。しかし、意外な使用法が見つかり、めでたく復活したのである。先般も書いたとおり、「ブライトン・ロック」「テニメント・ファンスター」でギターソロのディレイ音をどうしてもステレオで出力したかったので、いろいろ試みたが、案外むつかしい。右側で使用しているDD-5は、そのために入手したのだが、結局うまくいかなかった(なんで使えないペダルを次々買い込むのか訝るむきもあるだろうが、ほとんどのものは某オークションで落札した中古品なのである。つまり買ってみなければわからない状態なのよ。事前に楽器屋さんでちゃんとリサーチしておけばよいのにね)。

どうにも「テニメント・ファンスター」のイントロのギターアルペジオがへたくそだったので、「これはディレイでごまかすか」と思い、お蔵入りになっていたPS-2をディレイとして使おうと思ってよくよく見ると、ななななんと、一番左のバランスつまみを最大に回すと、エフェクト音のみが出力される設定になっているではないか!というわけでこの問題は解決。ところが、このペダルは他の曲ではピッチシフター(といってもオクターブ上下を鳴らす設定にしている。これだと細かいチューニングが不要なのだ)として使用することにしたので、頻繁に切り替えねばならない。それを忘れていると、さぁ、「ブライトン・ロック」ギター・ソロだぁっ!と盛り上がったときに、あのディレイ音が鳴らないってなことになり、そうなると、盛り下がること間違いない。その上、恥ずかしい。実はリハで何度かそういうことがあり、その度に、メンバーの冷ややかな視線を感じながら「あれ?おお、エフェクターの設定が間違っている!」などと言ってボードの前にしゃがみこんでしまう情けない皇帝に「本番までにはちゃんとしてよねっ」と言い放たんばかりにため息をつくBrenda@バンマス、というシーンが見られた。今だから言える話だなぁ。で、その対策として、こんなことをした。

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曲目ごとに設定をメモして本体に貼り付けたのである。まぁ、工夫というほどのものではないが、これで間違いはなくなった。上の写真でわかるかと思うが、同じようなことをほぼすべてのエフェクターにしている。どの曲で使うか、つまみの位置はどこか、などが一目でわかるようにしている。もう憶えきらんのだよ、ぼけちゃって(ToT)

で、次にBoss社製フランジャーにつながる。B系列は主にエフェクト音を出力することになっているので、こっちのフランジャーは、過激なフランジング効果のかかりそうなものを入手した。

最後は、こちらもボリュームペダルに通して、音量調節をする。こうしておけば、曲間の余裕のあるときに設定しておいて、ここぞというときにボリュームを上げてやればよいので、曲中焦りながらエフェクターを踏みかえることなく、エフェクト音を調整できる。ペダルのスウィッチって小さいから踏み間違いしそうだけど、ボリュームペダルは、これだけ踏む部分が大きいと、なかなか踏み間違いをしなくていいぞ。われながらお利口なやり方だ(^^;

実は最初はボリュームペダル1台でこなすつもりだったが、オークションにありがちな入札の失敗でダブって落札してしまったのである。しかし、結局は、「谷間のゆり」でAB両系列とも出力しながら音量調節をする必要が出てきたので、まぁ、ケガの功名ってやつか。

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・・・と、まぁ、このように試行錯誤を繰り返し、今回のセッティングに辿り着いた訳であるが、その過程では、つなぎ順と曲中どの部分でどのエフェクトを使用するかを整理しながら検討していった。上の写真は、その検討資料である。こういうのを作っては実際につないでみて、音を出してはやり直し、なんてなことを、秋の間中繰り返しやっていた訳です。われながらご苦労なことだ。

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2006年11月26日 (日)

Brenda and Her Majesty 終了。

先日の記事に書いたRAGでのクィーン・トリビュート・ライブが終了した。
毎年、大盛況のこのイベントであるが、やはり今年もすごい盛り上がりで、大成功だったようだ。初プロデューサーの大役を見事にこなしたsin@ぼじおくんに、まずはお疲れさまと言いたい。

「大成功だったようだ」などと伝聞口調で書いているのは、訳があって、リハ終了後、開演直前まで外に出ており、我々の出番まで1時間ほど間が開いていたのだが、戻ってからは、ずっと楽屋に引きこもり、意識を集中させており、我々の出番がすんでからは30分ほど放心状態で、やっぱり楽屋で呆けていたからである。
ただ、楽屋で聞いていた参加バンドの演奏は、いずれもそれぞれの持ち味を生かした個性的なものであった。聞いていて、楽しめた。楽屋にいたので客席の反応はよくわからなかったのだが、例年のごとく大いに盛り上がっていたように思う。やっと気を取り直して会場に戻ったのは、「オペラ座プロジェクト」の開始時であった。
いろいろ事前の情報は得ていたのであるが、短時間でよくぞここまで仕上げた、という感じだった。演奏の布陣を見ると、全然大丈夫だろうと思っていたが、ボーカル陣のがんばりには感心した。5周年にふさわしい企画だったのではなかろうか。

我々の演奏については、参加してくださった方が、それぞれにレポートをあげてくださるだろうから、当事者が多くを語ることはしないが、自分としては完全燃焼できたな、と思う。しばらくライブで演奏していて、そういう思いをしたことが久しくなかったので、非常に満足している。まぁ、また次がある、と思うといろいろ反省点も考えねばならんのだろうが、このバンドはとりあえずこの日限りなので、そういうことは一切考えないことにしている。

そんな訳で、ライブのレポートとしては、非常に簡単なのであるが、一部のお客さんは、わたしの足元に露店のごとく並べられたエフェクター群に興味を持たれていたようなので、ここでちょいと機材関連の解説しておきます。

今回、クィーンを、しかも"Brighton rock"を演るから参加せよ、とBrenda@バンマスから指令が出たのが5月ごろ。今年はもう出ないでおこう、と考えていたのだが、「ブライトン・ロックやるんか~。それってひょっとしてかなりおいしい?」と妙な色気を出して、承諾してしまったことから、今回のライブに至る果てしない試行錯誤の道が始まる。
もともと(といっても20数年前だが)、ストラト弾きで、派手なアーミングとワウワウ踏みまくりで「京都のジミヘン」の異名をとったわたしであるが(うそうそ)、現在手持ちのギターでアーム付きのものはない。「ブライトン・ロック」やるのにアームがなかったら始まらんやろう、ということで、ギター探しから始めた。
まぁ、一回限りのことやし、と思い、ちゃんとしたギターを新品で購入することはハナから考えず、中古で入手することにした。ところが、案外中古のギターでめぼしいのは売ってないのよね。と言うわけで、困ったときの某オークション。
まず国産F社製のストラト風を数千円で入手。トレモロユニットはフロイドローズ。なかなか安い買い物ができた、と悦に入ってたが、今ひとつネックの握った感じになじめなかったのと、どうもブライアン・メイの、シングルコイルピックアップ使用なのに妙に野太い音がでなかったのと、色が地味でステージ栄えしないので、結局、別のギターも物色することになった。
オークションだから、当然、試奏もできないので、見た感じでバクチのような買い物を続ける。
昨日、予備に持っていった青いストラト風ギターもそうやって落札したものだ。
結局、国産E社のフライングV風の赤いギターが、見た目も派手で、ネックの感じもよかったので、こいつを使用することに決定。
次に、基本となる歪み系の音である。RAGの常設アンプはJC-120なので、アンプはクリーンで鳴らし、歪みの音はエフェクターで作ることになる。現在手持ちのB社製品は、ちょっとブライアンぽくないジャラジャラした感じなので、とりあえず楽器屋に行ってみる。こればっかりは、実際に音を聞いてみないと、判断できない。どうせ買うなら真空管入りのがいいな、と思い、店頭にあった数種類を試奏させてもらう。ギターの本体ボリュームで、クリーンな音からオーバードライブした音まで調節でき、なおかつボリューム最大で気持ちよい音、という基準で選ぶと、どれも帯に短しタスキに長しだったが、V社製品を購入。V社といえばブライアンの愛用アンプのメーカーだから、丁度よかったのかも。
これでソロのときは、手持ちの京都のS社製のディストーション(実はこの歪みはお気に入り)を踏めば、OKと思っていた。ところが、よくよく聞くと、ブライトン・ロックをはじめ今回の演奏曲は、ソロの音はそれほど激しく歪んでいないとういことに気づいた。いわゆるナチュラルディストーションってヤツですね。従ってディストーションを踏むより、ブースターでゲインをあげてやる方が、この雰囲気が出せるだろうと。ここで、またしても某オークションの世話になった。エフェクターの評価サイトをチェックして、よさげなのを選んで落札していった。米国産DO社製、DA社製などのオーバードライブを入手したが、結局米国製R社製のクリーンブースターが一番よかった。中音域がぐっと太くなる感じで、腰の座った音になるような気がする。さらに、これはエフェクト時に異常にでかいLEDが点灯し、非常にわかりやすくてよろしい。この選択に落ち着くのが、本番一週間前だったので、最後まであれこれ試していたわけです。
それだけでなく、アンビエンス系、飛び道具系も考えねばならないのが、ブライアンの厄介なところである。とりあえずディレイは必須だよな。最初は手持ちの国産K社のマルチでいいかな、と思っていたが、どうしても、「ブライトン・ロック」と「テニメント・ファンスター」のギターソロはディレイ音をステレオで出力したかった。K社のマルチは2機種持っているが、ひとつは出力はモノラルのみ、もうひとつはステレオ出力ができ、ピンポン・ディレイみたいに左右に音が飛ぶ、という技はできるのだが、2台目のアンプでエフェクト音のみを出力するということができない。さらにマルチはピッチシフターとして使うことになったので、ディレイは別途調達の必要が出てきた。
いくつかそういうディレイ系のエフェクターを入手したが、どれも思ったようなことはできなかった。さらに、「谷間のゆり」では壮大なギターオーケストレイションが必要とされる。ということは、単にディレイを左右に振るだけでなく、左右に振った音にさらにピッチシフトをしてやって厚みを出さねば鳴らない、ということに思い当たった(もう、ここまでくるとムキになっているとしか思えない)。
そのためには、ラインセレクターで分岐させて、それぞれにエフェクトをかける、と決定。
これなら、最初から楽器屋さんで店員に教えてもらってそういうことのできる新品買ったほうが安かったのではないか、と思い、大阪の某楽器屋さんに行ってみる。
ところが、思っているような便利なラインセレクター(A、B切り替えとA+Bの両方ができるもの)は高価なものを除き市場には出ていないということが判明した。結局、これは某オークションでハンドメイドエフェクターのメーカーから新品で購入。
さらに、それぞれのアンプの出力音を調整するために、ボリュームペダルを2台落札。
結局、以下のようなセッティングで臨んだ今回のBHMである。

ギター

R社ブースター

V社オーバードライブ

S社ディストーション(「フリック・オブ・ザ・リスト」のソロのみ使用)

ここでA、B系列に分岐

(A系列)
K社マルチ1(ピッチシフターとして使用)

B社ディジタルディレイ

DA社フランジャー

B社ボリュームペダル

アンプA

(B系列)
K社マルチ2(ピッチシフターおよび、「キラークィーン」の最後のループ)

B社ピッチシフター・ディレイ(エフェクト音のみ出力ができるすぐれもの)

B社フランジャー

B社ボリュームペダル

アンプB

・・・とこんな構成になっていたのです。だから足元が賑やかだったのだね。
あれだけエフェクターつなげて、ホントに全部使ってんの?はたっりちゃうか~、と思われている方も多いかと思いますが、実は全部使っています。無駄なものは一切つないでいません。その上、各曲ごとに、ペダルを踏みかえる箇所が複数あり、そのため、メンバーには多大な不安を与えていたことをここで告白しておきます。

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2006年11月24日 (金)

「この電車は普通です。」

今日、電車に乗っていると、扉の上のLEDによる電光掲示に

「この電車は普通です。」

と表示されている。
もちろん、「普通(電車)」=「各駅停車」という意味であることくらいは諒解しているが、なんだか妙ないいまわしだなぁ、と感じた。

「この電車は異常です。」とか表示されていたらイヤだろうなぁ。

・・・そんなことはどうでもよくって、明日はいよいよRAGのクィーントリビュートライブだ。わたしもBrenda and Her Majestyのメンバーとして演奏する。かなり気合入っているので、ここを見ている人は、ぜひとも観戦に来なさい。

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2006年11月20日 (月)

「七百万ドルの災難」

さて、今回はまたまた趣を変えて、海外ミステリー小説の感想文でも書いてみよう。
J・P・ホーガンみたいに著作をいくつか読んだことのある作家のものだと、安心して買うこともできるのだが、古本屋さんの100円棚で、内容もわからずに面白そうな本を選ぶのは、結構難しい。

700million 本書「七百万ドルの災難」(ジェイムス・マグヌスン著)は、な~んも予備知識なしに、手にとって裏表紙に書いてある簡単なあらすじをたよりに買ってみた本である。
タイトルやそのあらすじだと、なにやら犯罪小説のようでもあり、コメディーのようでもあり、なんとなくエンターテイメントっぽい印象を受けたのだが、果たしてどんなものか。

読後感の悪さでは、近来稀に見る小説である。400ページ弱の結構な長編小説であるが、終始主人公自身に起因する軽率な行動によってもたらされる後ろめたさと不安感が濃密に漂い、実に深~い閉塞感で、何度読むをやめようかと思ったことか。それでも、徐々に追い詰められていく主人公が、どんな結末を迎えるのかが気になって気になって、ついつい最後まで読んでしまった。
読んでしまって「ありゃ~、これはないよなぁ~」とため息が出てしまった。なかなか読書という行為でこういう感慨を抱くことは少ない。そういう意味では貴重な体験であった。
まぁ、こんな感想を書いてしまったら、この拙文を読んで「じゃ、オレも読んでみよう」なんて誰も思わないだろうから、ストーリーも紹介しておこう。

ベン・リンドバーグは、若いころは新進の脚本家として注目を集めたこともあったのだが、今ではテキサスの地方大学で米文学の教鞭をとるしがない助教授であった。生活は決して裕福ではなく、妻と2人の子供を抱え、自動車の修理代すら満足に払えない状態であった。そんな彼がひょんなことで、飼料店の地下室に隠されていた700万ドルのはいったクーラーボックスを見つけてしまう。彼はその大金を自分の生活の向上に使おうと思い、要するにネコババしてしまう。元来小心者なので、ネコババするのに、またいろいろ悩み、策を弄するのであるが、このプロセスが、なかなかまどろっこしい。
そうこうするうちにダニエル・スイーニーなる学生に秘密を知られてしまい、奇妙な共犯関係?が成立する。また、大金を奪われた組織の影がベンの周りにちらつき始め、ベンは心理的にどんどん追い詰められていく。疑心暗鬼になったベンはスイーニーも信じられなくなり、袂を分かってしまう。
しかし、組織は実力行使に出て、まずスイーニーに暴行を加え、次にベンの娘を誘拐して、金のありかをベンに問いただす。彼の愚行を難詰する妻をおいて、娘を奪還にベンは向かう。普通なら、主人公の英雄的行為によって読者はカタルシスを得られる場面であるべきなのだが、当然ながら、正義はこちら側にないので、なんとも言いがたい気詰まりな気分を味あわせられることになる。
結局、事態は収拾するのであるが、な~んとも後味の悪い結末を迎える。

・・・拾ったものをネコババしたらダメですよ~という教訓小説なのかな、これは。
主人公が徐々に追い詰められていく過程を手に汗握り読み進めていくことが、この作品に対するあるべき態度なのだろうが、それにしても、あまりに結末が救われない。人生って、結局そんなふうにバッドエンドなんですよ、ハッピーエンドなんてありえない、と信念を持っている人には楽しめる小説だと思います。そういう人には、お勧めしておきますね。

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2006年11月11日 (土)

「創世記機械」

さて、久しぶりの記事である。
最近マンガネタが続いているので、あたかもわたしは「マニアックなマンガばかりを収集しているハードコアなマンガ読み」であるかのごとき印象を世間に与えてしまっているようであるが、そんなことはないのだよ。

という訳で、今回は「字のいっぱい書いてある本」の感想文だ。J・P・ホーガンの1978年の作品である。日本語版は1981年が初版になっている。
Souseiki J・P・ホーガンといえば、「ハードSF」の作家として語られているようであるが、まさに、ハードで、サイエンスである。
この人の本は、だいぶん前に(といってもオトナになってからだが)、知人に借りて読んだ「星を継ぐもの」に始まる「ガニメアン」シリーズが初めてだった。そのあまりに奇想天外なお話と、それにもかかわらず、非常に説得力のある(なるほど、そういうことがあってもおかしくない、と思わせる)科学的説明で、ぐいぐいと引き込まれたものである。その後、彼の著作は何冊か読んだが、どれも適度に小難しくって、適度にエンターテイメントしていて、完成度の高い小説だと思った。
「ガニメアン」シリーズとは、木星の衛星であるガニメデから来訪した宇宙人と地球人との交流を主題とした3部作で(続編もあるらしいが)、非常に読後感のよかった印象がある。だいぶん前に読んだので、細かいストーリーは忘れてしまった・・・。
ちなみにこのシリーズの第二作目は「ガニメデの優しい巨人("The Gentle Giants of Ganymede")」というタイトルで、「おぉ、ジェントル・ジャイアントではないか」と反応するのは、プログレ者たるもののお約束である。
ついでに本作「創世記機械」も原題は"The Genesis Machine"であり、まぁ、そのまんまの直訳であるが、プログレ者の琴線に触れるタイトルである。

簡単にストーリーを紹介しよう。
情報通信関係の合衆国政府系研究機関(ACRE)で物理学の研究をしているブラッド・クリフォードなる青年科学者が、とんでもない理論を思いつく。それは時間と空間を超えてエネルギーを出したり入れたりすることのできる座標点に関するモノで、文中には詳しく説明がされているのであるが、わたしのような科学素人には、その説明が科学的にどの程度「ほぉ、なるほど」と思わせるモノなのかはよくわからない。少なくとも素人のわたしが「ふぇ~、なんかよくわからないけど、そうなのね」と納得するくらいの説得力はあった。こういうと、あまり説得力のない説明だったかのように思われるが、そんなことはないぞ、たぶん。
ブラッドは、その理論を論文にしたため、公表しようとするが、その研究機関から「待った」がかかる。彼の研究が軍事的に利用できると見抜いたACREの上層部は、その理論の公表を阻止し、ブラッドに理論の軍事転用に協力するよう圧力をかける。頑固で理想家肌のブラッドは憤慨してACREと対立し、とうとうクビになってしまう。
その間、ほぼ同時に別の研究機関で、とある実験中に不可解な現象を観測した科学者、オーブ・フィリップスは、その現象が、実はブラッドの理論で説明できることを知り、ブラッドにコンタクトをとる。このあたりの描写に今で言うところのインターネットやテレビ電話が使われていて、まぁ、SFだから当然とは言えるが、先見性を感じるところである。
二人の失業科学者は、友情を深め、ひょんなことから国際科学財団に職を得た。この団体は政治機関から完全に独立していて、科学者の自由な研究活動が保証されているのである。ブラッドとオーブは、そこで、自らの理論を証明するべく大規模な実験設備を作り、とうとう居ながらにして地球の内部、月の裏側などを観測をすることに成功する。
一方、当時の世界情勢は、ソ連が分裂し、中共、西アジア諸国などの共産主義国家と結託し、西側自由主義陣営を脅かす、という典型的な東西対立状態で、インドでの内戦を端緒に一触即発の危機的状況に陥っていた。
ACRE(ワシントン=合衆国政府)側もブラッドの理論がとんでもない成果を生み出したことを察知し、国際科学財団に圧力をかけ、その技術を軍事転用させるべくブラッドたちの活動を妨害しはじめる。科学は人類に平和と幸福をもたらすべき、と純粋に信じているブラッドは、妥協を余儀なくされた財団の姿勢に怒り、悩み、そして、ひとつの決断をする。
オーブたちの心配をよそにブラッドは、大々的に彼の理論を軍事転用する手段を開発し、ACRE(ワシントン)側に協力する姿勢をみせる。ブラッドの開発した兵器は、空間を超えて特定の地点にいきなり強大なエネルギーを放射して破壊し尽くすという、まさに「悪魔の兵器」とでも言うべきシロモノであった。
そして、インド内戦の激化に伴い、いよいよ東西全面戦争の局面を迎え、東側の核ミサイル攻撃が開始された。その攻撃を迎え撃つために、とうとう「J爆弾」と呼ばれたこの兵器が発動されたのであるが、その行き着く先は・・・?世界は終末を迎えるのか?

という手に汗握る展開なのですが、いや、結末は読んでのお楽しみ、ということで。
激しい立ち回りや戦闘シーンなどの描写もなく、話は淡々と、一人の研究者であるブラッドとその回りの日常を中心に進んでいくので、きわめて静かな印象である。しかし、ところどころに登場する(似非?)科学的説明や主に会議のシーンでの登場人物の長広舌がポイントになって、話に深みを与えている。
と書くと、なんかつまらない小説みたいだけど、そんなことはないぞ。う~ん、いわゆる活劇ものではないので、そういうのを期待すると、すごく読みづらいかもしれない。
現在では実現不可能な技術が、もし実現したら、という仮定での、一種のシミュレーションものという感じはする。だからこそ、作者の世界観、人間観が色濃くにじみ出て、読後に、ずっしりとしたものが残ります。読み応えあり。

また、エピローグが、しみじみします。物語からだいぶん後の世界での出来事なんですが。これがあるとないとでは、全体の印象がかなり違っていたと思います。人によっては、このエピローグは不要と感じるかもしれませんが、これは作者の科学観、世界観をストレートに語っている部分だと思います。

あまりディテールに触れると、ネタばれになりそうなので、多くは語れないが、昨今の感覚的刺激を強調するあまり、な~んか表層的で、読み応えのない「ミステリー」ものに飽きてしまった人には、お勧めしておきます。
まぁ、かれこれ25年以上前の小説なので、なにかと古びてしまった部分はありますが、古典なんてものは、そういうものでしょう。
かなり違うという気もしますが、かのピンク・フロイドの元ベーシスト、ロジャー・ウォーターズのソロ作品「Radio K.A.O.S」を思い出しましたね。影響受けたのかな?んな訳ないか。

ちなみに、「創世記機械」というタイトルですが、ちょっと見、なんのことかわかりませんが、最後まで読むと、「あぁ、そういうことなのね」としっかりと腑に落ちます。

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